印度カリー子さんといえば、今や「スパイスカレー」の顔とも言える存在ですよね。
東大大学院卒業という学歴に加え、22歳で起業した経歴も話題になっています。
「なんでこんなにカレーに詳しいんだろう?」「どうやってスパイスの道に進んだんだろう?」
そんな素朴な疑問に答えるべく、今回は印度カリー子さんの経歴を時系列でたどっていきます。
仙台出身の彼女が、どうやって東大に進学し、スパイスの世界で活躍するようになったのか。
意外と知られていないエピソードも含めて、ぜひ最後まで読んでみてください。
名前の由来と宮城県仙台市での幼少期
- 活動名: 印度カリー子(いんどかりーこ)
- 生年月日: 1996年11月9日
- 年齢: 28歳(2026年5月時点)
- 出身地: 宮城県仙台市
- 職業: スパイス料理研究家、香林館株式会社代表取締役
印度カリー子さんの本名は、ブログや公式情報などでは非公開とされています。
一度聞いたら忘れないインパクトのある「印度カリー子」というキャッチーなネーミングが、彼女の活動を象徴する代名詞になっているのですね。
1996年11月9日に生まれた彼女は、宮城県仙台市の出身です。
幼少期から理数系が得意で、物理や数学が好きだったそうです。
JAPAN MENSA会員でもある彼女ですが、公式プロフィールでの趣味・特技は、「二胡」「山登り」「海外渡航」「未知の食べ物を食べること」など、好奇心旺盛で多岐にわたるものが挙げられています。
生まれ育った仙台は、美味しいものがたくさんある町ですよね。
牛たんやずんだもち、あおばの葉っぱ寿司など、地元の食文化に触れながら育った彼女。
そんな彼女が、なぜインド料理の道に進むことになったのか。
実は、大学に上京してからの出来事が大きな転機になったんです。
印度カリー子の学生時代|東大物理学科から農学生命科学へ
学生時代の印度カリー子さんは、まさに「秀才」という言葉がぴったりです。
公式の情報によると、高校は宮城県仙台第二高等学校を卒業し、その後、早稲田大学先進理工学部応用物理学科に進学しました。
宮城県仙台第二高等学校
早稲田大学先進理工学部応用物理学科
そして大学卒業後、「スパイスの魅力をアカデミックの世界で研究したい」との思いから、東京大学大学院の農学生命科学研究科へ進学したんです。
東京大学大学院の農学生命科学研究科
「スパイスの魅力をアカデミックの世界で研究したい」
そんな思いが、彼女を新しい分野へ導いたようです。
大学院では香辛料の研究を行い、2021年3月に修士課程を修了しています。
物理から食品科学へ。
一見、遠い世界のように見えますが、実は化学的なアプローチでスパイスを研究するという点では、理系の思考が活かされています。
理系科目を得意としJAPAN MENSA会員に
印度カリー子さんにはもう一つ、注目すべき肩書きがあります。
それは「JAPAN MENSA会員」というものです。
MENSAとは、知能指数(IQ)が上位2%の人たちが参加する国際的な団体です。
簡単に言うと、ものすごく頭がいい人の集まりなんです。
「物理数学」が特技という彼女。
こうした理系的な頭脳が、スパイスの配合を考えるときにも活かされているんですよね。
スパイスって、組み合わせ次第で全然違う味になるじゃないですか。
その化学的な組み合わせを考えるのが得意なんです。
印度カリー子とカレーの出会い|大学1年生の姉への手料理がきっかけ

さて、ここからが印度カリー子さんの人生を大きく変えた出来事です。
大学1年生の冬、姉と同居を始めたことがきっかけでした。
姉が週に3、4日もインドカレーを食べに行くのを見て、「どうしてそんなに好きなんだろう?」と思ったんです。
そこで、姉のために初めてスパイスカレーを作ることにしたんです。
「難しそう」と思いながらも人生初のチキンマサラに挑戦しました。
結果は…なんと、姉からの言葉は「カレーじゃないね」という厳しいものでした。
自信のあった彼女は愕然とします。
初めてのスパイスカレー作りでの挫折と再挑戦
厳しい言葉を受けて猛勉強を始め、1ヶ月もの間、毎週末に同じチキンマサラを作り続けました。
試行錯誤を繰り返し、ようやく姉から「これはカレーになったね」と認められた最高の喜びが、印度カリー子さんをスパイスの世界へと引き込みました。
「カレーに人生を変えてもらった」と語る彼女。
カレーを作ることで、毎日が幸せになり、楽しくなったんです。
なんか、わかる気がしませんか?
美味しいものを作って、大切な人が喜んでくれる。
そんな当たり前のことが、実は人生を豊かにしてくれるんですよね。
優秀な姉に「美味しい」と認めてもらいたくて改良を重ねたこのときのレシピが、後の「姉と私のチキンマサラ」という商品の原点にもなったんです。
あのとき、あえて簡単に認めなかった姉の真意と、それに食らいついた彼女の努力が、今の印度カリー子さんを生み出したんです。
印度カリー子の東大院生時代|香辛料研究と香林館創業

大学3年生のとき、自分で企画したスパイスセットをネット販売したところ、300個が完売するという実績を作りました。これがスパイスショップの原点です。
「スパイスカレーをおうちでもっと手軽に」
そんな思いから、初心者向けのスパイスセットの開発・販売を始めたんです。
でも、ここで大きな壁にぶつかります。
スパイスを製品化してくれる工場を探すのに苦労したんです。
学生という肩書では、なかなか信用してもらえなかったんですよね。
ネット検索した業者に直接交渉しても、なかなか話が進まず。
それでも諦めずに探し続けた結果、ようやく協力してくれる工場が見つかりました。
2019年10月に宮城県柴田町で会社設立
大学院在学中の2019年10月、香林館株式会社を設立しました。
会社は、彼女の出身地である宮城県仙台市と同じ宮城県内にある、柴田郡柴田町に立ち上げました。
本当は大学院を卒業してから法人にしようと思っていたんですが、1年半ほど早いスタートになったんです。
大学院に通いながら、社長業もこなす日々。
「物理学科出身で食品科学については無知だった私が、2年間真剣にスパイスの研究に取り組めたのも、皆様の応援のお蔭です」
そう振り返る彼女の姿には、たくましさと謙虚さが同居しています。
印度カリー子のキャリア展開|Forbes受賞と著書44万部突破
大学院を卒業した2021年、印度カリー子さんは大きな栄誉を受けました。
Forbes JAPANの「30 UNDER 30」に選出されたんです。
これは、30歳未満で世界を変える30人を選ぶアワードです。
フード部門の受賞者として、彼女の活動が高く評価されたんですね。
選出されたとき、彼女はこう語っていました。
「スパイスは日本の食文化を豊かにし、食文化を超えた新しい文化を創造する」
まだ20代ながら、しっかりとしたビジョンを持っているんです。
スパイス初心者向け専門店の全国展開
今では、著書が20作目を突破し、累計44万部を超えています。
「スパイス初心者のための専門店」として、香林館の事業も順調に成長しています。
「スパイスカレーをおうちでもっと手軽に」
このモットーのもと、オリジナルスパイスセットの開発・販売を続けています。
企業との共同商品やメニュー開発、メディアへの出演など、活動の幅も広がっています。
「おもくない!ふとらない!」という本も話題になりましたよね。
スパイスを使った料理が、ダイエットにも良いということを伝えた本です。
印度カリー子の最新活動|ブータン特番と日ブータン国交40周年
2026年、印度カリー子さんはさらに活動の幅を広げています。
なんと、ブータンへの旅行動画を公開したんです。
「世界一辛い国」として有名なブータン。
ブータン政府と日本大使館のご協力のもと、初めてブータンを訪問しました。
一般家庭のキッチンに潜入して、現地の料理を教えてもらったり。
標高3000mのタクツァンでカレーを食べたり。
その動画は、YouTubeで大人気になっています。
レシピ本20作目達成と多岐にわたるメディア出演
2026年は日ブータン国交40周年という節目の年。
印度カリー子さんは、その記念すべき年に向けて、ブータンの食文化を発信しています。
J-WAVEのラジオ番組では、南インドのお米文化と北インドの小麦文化の違いや、使用するスパイスの傾向について詳しく解説したり。
上野公園で開催されたパキスタン日本友好フェスティバルに足を運び、ラムニハリやチキンタカタクなどの魅力的な現地グルメをSNSで発信したり。
カレーという切り口で、世界の食文化を発信し続けています。
著書20作、累計44万部。
彼女の活躍は、まだまだ続きます。
「カレーに人生を変えてもらった」彼女が、今度は私たちの食卓を変えてくれる。
そんな期待を抱かせてくれる存在ですよね。
まとめ|姉の一言から始まった「スパイス革命」
- 仙台出身のMENSA会員で、早稲田大学から東大大学院へ進んだ理系の秀才
- 姉の「カレーじゃないね」という厳しい一言で1ヶ月間作り続けた努力が全ての原点
- 著書累計44万部、Forbes受賞、22歳で起業と28歳にして驚異的な実績を達成
こうして振り返ると、全ての始まりは「姉のために作った一皿のカレー」だったんですよね。
失敗を恐れず、毎週末同じチキンマサラを作り続けた情熱が、今の日本のスパイス文化を変えるまでになった。
なんか、すごくないですか?
「カレーに人生を変えてもらった」という彼女の言葉が、これほどリアルに響く人も珍しいですよね。
今度スパイスカレーを食べるとき、きっと印度カリー子さんのことを思い出しちゃいそうです。


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