市川紗椰さんって、美人モデルってイメージですよね。
でも実は、コロンビア大学に合格してたって知ってました?
しかも最終的に選んだのは早稲田大学という、ちょっと意外な選択をしてるんです。
デトロイト育ちの彼女が、どんな学生時代を過ごして、どうやってモデルになったのか。
この記事では、市川紗椰さんの驚きの学歴と16歳からの経歴をわかりやすく紹介します。
読めば彼女の本当のすごさが見えてきますよ。
市川紗椰の出身地と家族構成:名古屋生まれの日米ハーフ
- 本名:シュック 市川 紗椰 ジェニファー(Jennifer)
- 生年月日:1987年2月14日
- 出身地:愛知県名古屋市
- 身長:169.5cm
- 趣味・特技:
鉄道:車両鉄・音鉄・妄想鉄を自称
ガンダム好き
音楽:5歳からバイオリン、7歳からギター
読書:小学生時代に『エンダーのゲーム』を英語原書で読破
水泳:シンクロナイズドスイミング経験あり
市川紗椰さんといえば、モデルとしての美しさだけでなく、鉄道やガンダムが大好きな”オタク”な一面でも知られていますよね。
でも、そもそも彼女がどんな生い立ちで、どんな家庭で育ってきた人なのか、知ってましたか?
生まれは1987年2月14日、愛知県名古屋市。
169.5cmという日本人離れしたスタイルとルックスには、ちゃんとした理由があります。
父はアメリカ人、母は日本人の英語教授の家庭で育った
本名はシュック 市川 紗椰 ジェニファー(Jennifer)。
日本名と英語名の両方を持つ、まさに2つの国の文化を生きてきた人です。
お父さんはアメリカ先住民チェロキー族の血を引くアメリカ人で、コンサルティング業を営んでいます。
お母さんは日本人で、大学の英語教授。
ちなみに両親の名前は「ジョン」と「ヨーコ」——あのジョン・レノンとオノ・ヨーコと同じ名前なんです。
本人もテレビ番組で明かしていて、その話が出たとき会場が驚きに包まれたとか。
知的で国際色豊かな両親のもとで育ったことが、後の好奇心旺盛な彼女の性格を形づくったんだと思います。
生後4か月から14歳まで続いたデトロイトでの海外生活

名古屋生まれとはいえ、実は生後4か月で東京へ転居し、さらに4歳からはアメリカのミシガン州デトロイトへ。
14歳で日本に帰国するまでの約10年間、デトロイトで過ごすことになります。
英語が母国語に近いレベルなのも、幼少期をまるごとアメリカで育ったからこそ。
その経験が、モデル・タレントとして活躍する市川さんの土台になっています。
デトロイトの現地校に通い英語と文化を習得した幼少期
デトロイトでは日本人学校ではなく、現地のアメリカ人と一緒に普通の学校に通っていました。
日常生活はすべて英語、という環境で過ごした約10年間。
5歳からバイオリン、7歳からはギターを習い始め、音楽にもどっぷりはまっていきます。
小学校のころにはSF小説の名作『エンダーのゲーム』を英語の原書で読んで、読書に目覚めたという逸話も。
小学生で英語の原書を読んでるって、なんか普通じゃないですよね。
水泳部ではシンクロナイズドスイミングにも打ち込み、文化もスポーツも両立した、濃い幼少期でした。
ASIJ高校卒業後にコロンビア大学にも合格した学歴
14歳で帰国した市川さんが進んだのは、東京にある「アメリカンスクール・イン・ジャパン(ASIJ)」。
1902年創立の歴史あるインターナショナルスクールで、外交官の子女など海外経験の豊富な生徒が集まる学校です。
英語でのカリキュラムにネイティブレベルで対応できた市川さんにとって、まさに適した環境でした。
そこでの学びが、卒業後の大学受験で驚きの結果を生み出します。
コロンビア大学中退後に早稲田大学へ入学し2010年卒業
ASIJ卒業後、市川さんはコロンビア大学・シカゴ大学・ニューヨーク大学の3校すべてに合格します。
どれもアメリカを代表するトップ大学。ちょっと信じられない話ですよね。
本人も「最初はコロンビア大学に入ろうと思っていた」と語っています。
ところが16歳からモデルの仕事も始まっており、仕事が充実しはじめたため入学を1年先送りに。
コロンビア大学などの名門校に合格したものの、日本でのモデル活動を優先させるため、最終的に早稲田大学国際教養学部へ進学することを決断します。
2010年に美術史を専攻して卒業というのも、いかにも彼女らしい選択です。
16歳でスカウトされたViVi専属モデルとしてのデビュー

学歴だけで十分すごいのに、モデルとしてのキャリアもまた異色の始まり方をしています。
ASIJ在学中の16歳のとき、街でスカウトされたのがモデルとしての出発点。
「部活代わりのアルバイトのつもりで始めた」と本人が語るほど、最初から本気でモデルを目指していたわけではありませんでした。
元々ファッション雑誌を読んだことさえなかったというのも、いかにも市川さんらしいエピソードです。
ViViから25ansへ専属モデルとして躍進した経緯
スカウトがきっかけでデビューした市川さんは、まず講談社の人気ファッション誌『ViVi』の専属モデルに就任。
そこから頭角を現し、今度はハーストが発行するハイブランド向けの高級誌『25ans』の専属モデルも務めることになります。
ViViと25ans、この2誌は読者層も世界観もまったく異なります。
それぞれで専属になったことは、モデルとしての幅の広さを証明するものでした。
その後は『ViVi』『25ans』の専属モデルを経て、『sweet』『MORE』『BAILA』『MAQUIA』などの主要誌でレギュラーモデルとして、活躍の場をさらに広げていきます。
タレントとしてテレビ・ラジオへ進出した芸能活動の軌跡
モデルとして地位を築いた市川紗椰さんは、やがてテレビやラジオにも活動の場を広げていきます。
2011年には芸名を「紗耶」から現在の「市川紗椰」に改名し、タレントとしての新たなスタートを切りました。
知性と独自のオタク気質を武器に、バラエティからニュース番組まで幅広い番組に出演するようになっていきます。
鉄道マニアとして注目を集めたバラエティ番組出演の歴史
タレントとして特に大きな注目を集めたのが、鉄道好きとしての顔。
市川さんは「車両鉄」「音鉄」を自称する本格派で、テレビ番組では「妄想鉄」とも名乗っていました。
2015年2月には「タモリ倶楽部」の人気コーナー「タモリ電車クラブ」に登場し、メタリックピンクの会員証(会員番号22番)を授与されたことが話題に。
2016年4月にはフジテレビの情報番組「ユアタイム〜あなたの時間〜」でMCを任されるなど、タレントとしての地位を確立していきます。
2014年からは雑誌『旅と鉄道』で鉄道コラムの連載もスタート。
「バカリズムの大人のたしなみズム」(BS日テレ)やNHKの鉄道番組など、鉄道をテーマにした企画への出演も続き、美貌×高学歴×オタク気質という唯一無二の存在感を確立しています。
まとめ
- 名古屋生まれデトロイト育ちの国際派で、両親の影響で知的好奇心旺盛に育つ
- コロンビア大学など米名門3大学に合格するも、モデル活動を優先して早稲田大学へ
- 美貌×高学歴×オタク気質という、他に類を見ない独特なキャラクター
市川紗椰さんって、ただの「ハーフの美人モデル」じゃないんですよね。
名古屋で生まれてデトロイトで育ち、アメリカの超名門大学に合格しながらも日本でのモデル活動を選んだという経歴。
そこに鉄道やガンダムへのガチなオタク愛が加わって、「美貌」「教養」「オタク」の三拍子がそろった人になったわけです。
普通だったら相反しそうな要素が、彼女の場合は絶妙に組み合わさって、唯一無二の魅力になっている。
知れば知るほど、そのギャップに引き込まれちゃいませんか?


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