小関裕太さんの経歴を調べると、情報がバラバラで「結局どんな人なの?」って思いませんか。
SixTONESのメンバーと同じクラスだったって話も気になるし、8歳でデビューしてから20年以上のキャリアも整理して知りたくなりますよね。
この記事では、堀越高校時代のエピソードや大学に進学しなかった理由、『天才てれびくん』から『半分、青い。』まで代表作への道のりを時系列でまとめました。
読み終わる頃には、「あの作品にも出てたんだ」と過去の出演作を見返したくなるはずです。
小関裕太のプロフィール
- 名前: 小関裕太(こせき ゆうた)
- 生年月日: 1995年6月8日(30歳 2026年3月現在)
- 出身地: 東京都
- 血液型: AB型
- 身長: 180cm
- 所属事務所: アミューズ(2003年〜)
- デビュー: 2003年(8歳)
- 最終学歴: 堀越高等学校卒業
- 特技: ダンス、写真、利き食パン
- 代表作: 『天才てれびくんMAX』『テニスの王子様』『半分、青い。』
小関裕太さんは、1995年6月8日生まれ。
東京都出身の俳優です。
星座はふたご座で、血液型はAB型。
昔から「AとBの要素を両方持っている」と言われることが多い血液型ですが、小関さんも几帳面さと自由さを併せ持ったタイプだと語られることがあります。
所属している芸能事務所はアミューズ。
2003年に子役として同事務所に入り、それから20年以上、ずっと同じ事務所で活動を続けているんです。
こういう”長く同じ場所で信頼を築いている”感じ、なんだか人柄がにじみませんか。
身長は180cm。
日本の俳優の中でも高めのスタイルで、すらりとした体形と柔らかい雰囲気が、舞台でもドラマでもよく映えます。
とくに全身がしっかり見えるミュージカルでは、その手足の長さとキレのある動きが印象に残った、というファンの声も多いです。
特技はダンス・写真・利き食パンという3つ。
「利き食パン」は、銘柄ごとの味や食感の違いを当てることができるという、ちょっと変わった特技です。
テレビのバラエティ番組でも披露していて、「そこまでわかるの?」と共演者を驚かせていました。
一方で、ダンスは子どものころから鍛えてきた本格派。
のちに出演する『ミュージカル・テニスの王子様』シリーズでも、その経験が大きな武器になりました。
好きな漫画は『ドラゴンボール』や『20世紀少年』、好きな本は『ハリー・ポッター』シリーズなど。
少年漫画からファンタジー小説まで、ジャンルを問わず楽しんでいる様子が伝わってきます。
2人兄妹の長男で、好きな色はエメラルドグリーン、好きな言葉は「一所懸命・一生懸命」。
響きの似た二つの言葉を大事にしているあたり、コツコツ努力を重ねるタイプなんだろうな、と想像したくなりますよね。
堀越高校卒の学歴と大学に進学しなかった理由

「普通の高校生活って送れていたの?」と、ふと気になる人も多いと思います。
とくに芸能人が多く通う学校として知られる堀越高校に在学していたことから、どんな同級生に囲まれていたのか、どんな気持ちで進路を選んだのかは、ファンにとっても興味深いポイントです。
ここでは、高校時代のエピソードや、大学に進学しなかった決断について、当時の状況を追いかけながら整理してみましょう。
京本大我・松村北斗と同期の堀越高校での学び

小関裕太さんが通っていたのは、東京都中野区にある堀越高等学校。
1923年創立の私立高校で、「トレイトコース」と呼ばれる芸能活動をしやすいコースを設けていることで有名です。
テレビで活躍している俳優やアイドルの名前が、卒業生リストにずらっと並んでいる、あの学校ですね。
同時期に在学していた顔ぶれも豪華で、SixTONESの京本大我さん、松村北斗さん、田中樹さんらと同級生だったことが知られています。
のちにドラマや舞台で共演する可能性のあるメンバーが、同じ校舎で同じ時間を過ごしていたと思うと、ちょっとワクワクしませんか。
最終学歴は堀越高校卒業。
高校卒業後は、大学には進学せず、俳優一本の道を選びました。
すでに子役としての経験が長く、仕事もコンスタントに入っていたことに加えて、「俳優として生きていく」という覚悟が高校時代には固まっていたそうです。
インタビューでは、お母さんがその決断を強く応援してくれたことも明かしています。
「学業と仕事の両立は大変だった」と話しているように、撮影で学校を休むこともあれば、テスト勉強を現場に持ち込むこともあったといいます。
それでも、同じように芸能活動をしているクラスメイトが多い環境だったからこそ、「自分だけ特別」という感覚にならずに踏ん張れたのかもしれません。
堀越高校で過ごした3年間は、演技の技術だけでなく、仕事と生活のバランスの取り方を身体で覚えていった時間だった、といえるでしょう。
2003年8歳でアミューズ入りし子役デビューの経緯

今では20代後半の実力派俳優というイメージが強い小関裕太さんですが、スタートはなんと小学生。
8歳で芸能事務所に所属し、気づけばキャリアは20年を超えています。
ここまで長く続けられている人は、実はそれほど多くありません。
初めての仕事はどんな現場だったのか、どの作品で全国区の知名度を得ていったのか。
子ども時代の出演作をたどると、現在の表現力の源が少し見えてきます。
NHK天才てれびくんMAXで全国的に名前が広まる
小関裕太さんが芸能界に入ったのは、2003年。
まだ小学2年生という年齢で、アミューズ(当時のアミューズモデルス)に所属しました。
最初の仕事はCM出演。
俳優の阿部寛さんが出演していた「セキスイハイム となりのハイムさん」シリーズで、その息子役として画面に登場しました。
大人になってから「あれ、小関くんだったのか」と気づいた人も多いようです。
翌2004年には、TBSの『月曜ミステリー劇場 ホステス探偵危機一髪6』で澤田豊役としてドラマ初出演。
ドラマの現場で、同年代の役者よりも大人の俳優やスタッフに囲まれることが多かったのも、このころの特徴です。
転機になったのは、2006年4月から出演したNHK教育テレビ『天才てれびくんMAX』。
「てれび戦士」として3年間レギュラー出演し、毎週のように全国の子どもたちの前に顔を出していました。
当時、小学生だった視聴者が、今では20代半ばになって「あのときのてれび戦士が、こんな俳優になったんだ」と驚いているパターンも多いはずです。
本人は後年、「学校よりNHKにいる時間のほうが長かった」「NHKは自分にとっての母校みたいな場所」と話しています。
教室にいるより、スタジオにいる方が落ち着く、と感じるくらい、子ども時代の大部分をNHKで過ごしてきたわけです。
同じ2006年には、フジテレビのドラマ『ダンドリ。〜Dance☆Drill〜』で榮倉奈々さんの弟役として連ドラにも出演。
さらにホラー映画『親指さがし』で映画デビューも果たし、10代前半にしてドラマ・映画・バラエティを横断する、多忙な日々を送っていました。
2008年舞台「FROGS」初主演で本格俳優へと転身

テレビの世界で子役として知られるようになった小関裕太さんですが、彼のキャリアを大きく変えたのは「舞台」との出会いでした。
2008年に参加した舞台『FROGS』は、その数年後に初主演を務めることになる、まさに原点ともいえる作品です。
ここで出会った演出家や先輩俳優とのやりとりは、のちの芝居への向き合い方に大きな影響を与えました。
舞台に本気で向かうようになったきっかけと、同時期にブレイクのきっかけとなった作品について、振り返ってみましょう。
テニスの王子様2ndシーズンで掴んだ大きなブレイク
小関裕太さんが舞台『FROGS』に初めて出演したのは、2008年。
まだティーンエイジャーの頃で、カエルの子どもたち「おたまじゃくしーず」の一人として参加しました。
子役として培ってきた度胸はありつつも、「舞台はカメラが止まらない世界」。
初めての本格的なステージに、かなり緊張していたといいます。
それから5年後の2013年。
芸歴10周年という節目の年に、同じ『FROGS』で今度は主演のカケル役に抜擢。
ここで、舞台初主演を飾ります。
演出を担当したのは、俳優としても活躍し、寺脇康文さんとともに演劇ユニット「地球ゴージャス」を主宰する岸谷五朗さん。
岸谷さんは、かつて劇団スーパー・エキセントリック・シアターに所属していたことで知られる人物で、エネルギッシュな演出スタイルにも定評があります。
稽古場では「手を伸ばしてようやく届いたと思ったら、次の日にはゴールがまた遠くなっている」ような感覚を味わったと、小関さんは振り返っています。
「今できることで満足しないで、もっと先を目指してほしい」という岸谷さんの言葉は、10代後半だった彼の心に強く残ったそうです。
ちょうど、「自分はこの先何をしたいのか」と迷っていた時期でもあり、『FROGS』は俳優としての覚悟を決める分岐点になりました。
同じ頃、2011年から出演した『ミュージカル・テニスの王子様2ndシーズン』も大きな転機でした。
2011年1月から2年間、青学6代目キャストの一員として、菊丸英二役を務めます。
テニミュは、原作ファンだけでなく、俳優の登竜門的な舞台としても人気の高いシリーズ。
全国ツアーや大きな会場での公演も多く、ここで一気にファン層が広がりました。
歌って踊って芝居をする、いわゆる”2.5次元”の現場で鍛えられた結果、「歌えて踊れる俳優」としての印象が定着。
この時期を境に、舞台を中心としつつも、映像作品への出演もどんどん増えていくことになります。
ドラマ・映画・舞台と活躍する小関裕太の代表作

子役から始まった小関裕太さんのキャリアは、10代後半から20代にかけて、ドラマ・映画・舞台へと大きく広がっていきました。
どこか一つのジャンルに偏るのではなく、それぞれのフィールドで代表作と呼べる作品を積み重ねているのが特徴です。
ここでは、とくに転機になった作品や、「あ、このドラマで見たことがある」と思わず思い出しそうな出演作を中心に、近年の歩みを追ってみましょう。
朝ドラ「半分、青い。」や20周年を迎えた現在の活動
2010年代に入ると、小関裕太さんはテレビドラマでの存在感を一気に強めていきます。
2014年のフジテレビ系ドラマ『ビター・ブラッド〜最悪で最強の親子刑事〜』では、若手キャストとして物語を支えるポジションで出演。
同じ年のTBSドラマ『ごめんね青春!』では、宮藤官九郎さん脚本のテンポの良い掛け合いのなかで、コミカルさと等身大の青春感を見せました。
このあたりから、「あの爽やかな俳優さん、誰だろう?」と名前を覚える視聴者が増えていきます。
転機となったのは、2018年のNHK連続テレビ小説『半分、青い。』。
永野芽郁さん演じるヒロイン・鈴愛と関わる重要人物・健人役として出演し、朝ドラ初登場を果たしました。
朝ドラは、10代からシニア層まで幅広い世代が毎朝見る作品。
ここでの好演によって、小関裕太さんの顔と名前は、一気に全国区に広がります。
本人はインタビューで、「10年ぶりのNHKの仕事。NHKは自分にとっての母校のような場所」と語っています。
2008年度まで『天才てれびくんMAX』に出演していたことを思えば、およそ10年ぶりに戻ってきたことになりますね。
子どもの頃に通い慣れたスタジオに、大人の俳優として帰ってくる感覚は、きっと特別なものだったはずです。
舞台では、2016年にナオト・インティライミさんとダブル主演を務めた『ミュージカル・DNA-SHARAKU』がターニングポイントのひとつ。
ポップスシンガーとの共演で、歌と芝居のバランスをさらに磨きました。
2019年には、ドラマ『死亡フラグが立ちました!』(関西テレビ)で連続ドラマ初の単独主演も経験。
サスペンスとコメディが混じり合った作品で、シリアスとユーモアを行き来する演技が話題になりました。
2023年には、デビュー20周年の節目を迎えています。
小学生でCMに出ていた少年が、20年後には映画やドラマで主演を張る俳優になっているわけですから、時間の重みを感じますよね。
映画・ドラマ・舞台を縦横無尽に行き来しつつ、写真や音楽など新しい表現にも挑戦を続けている小関裕太さん。
8歳でスタートした歩みは、今もなおアップデートされ続けています。
まとめ
- 8歳でアミューズ入りし、『天才てれびくんMAX』で全国区の知名度を獲得
- 堀越高校卒業後は大学進学せず、俳優一本の道を迷わず選択
- 舞台『FROGS』やテニミュ、朝ドラ『半分、青い。』で着実にステップアップ
こうして振り返ってみると、小関裕太さんの歩みって本当にすごいですよね。
8歳という幼さでスタートして、一度も立ち止まることなく20年以上走り続けてきたわけですから。
『天才てれびくんMAX』で元気いっぱいだった少年が、今では朝ドラや舞台で堂々とした演技を見せる俳優になっている。
その間には、堀越高校での学びや『FROGS』での葛藤、テニミュでの飛躍など、数えきれない努力があったんです。
好きな言葉が「一所懸命・一生懸命」というのも、なんだか納得しませんか。
身長180cmの高身長と本格的なダンススキルを武器に、ドラマ・映画・舞台を縦横無尽に駆け回る姿は、まさに努力の積み重ねの結果。
これからどんな新しい顔を見せてくれるのか、ますます楽しみになってきます。


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