長濱ねるの意外な学歴と経歴!巫女バイト大失敗から特例加入

長濱ねるの学歴や経歴を説明した画像
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長濱ねるの学歴や経歴って、名前は知ってるけど詳しくは知らない…という人、多いんじゃないでしょうか。

実は巫女バイトで失敗したり、特例加入でアイドルになったりと、意外と面白いエピソードがあるんです。

この記事では、島で育った子ども時代から今の女優活動まで、彼女の歩みをサクッと整理してお届けします。

等身大で親しみやすい長濱ねるさんの魅力が、きっと見えてくるはずです。

目次
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長濱ねるプロフィール

長濱ねるのプロフィール
  • 名前:長濱ねる(ながはま ねる)
  • 生年月日:1998年9月4日
  • 出身地:長崎県長崎市
  • 血液型:O型
  • 身長:159cm
  • 所属グループ:欅坂46・けやき坂46(現・日向坂46)元メンバー
  • 卒業発表:2019年3月7日

長濱ねるさんの子ども時代を追っていくと、島の豊かな自然と本好きな知的さが自然に混ざり合っていく様子が見えてきます。

長崎市で生まれて五島列島に移り住むという経緯だけでも、なんとなくドラマを感じませんか。

1998年9月4日、長濱ねるさんは長崎県長崎市で生まれました。

3歳から7歳ごろまでは、五島列島の中通島・奈良尾地区で暮らしています。

豊かな自然に囲まれた環境で感性を育てつつ、地元の幼稚園を経て、小学校1年生の時期を奈良尾小学校で過ごしました。

町に一軒だけあったケーキ屋さんで、誕生日にキャラクターケーキを買ってもらうのが毎年の楽しみだったそうです。

その話を聞くだけで、港町の小さなお店で箱を開けるときのワクワクまで浮かんできますよね。

AKB48好きとモンタナ州ホームステイが広げた視野

小学校高学年の頃、所属していたパソコンクラブでAKB48のミュージックビデオを視聴しました。

このことが彼女にとって『アイドル』という存在を意識する最初の原体験となりました。

離島という環境において、画面の向こう側の世界に強い憧れを抱いたこの時期の好奇心が、後の大きな決断への伏線となっています。

中学生になると今度は乃木坂46のファンになり、とくに伊藤万理華さんに強く惹かれていきます。

さらに中学時代には、国際交流団体のプログラムでアメリカ・モンタナ州にホームステイしました。

長崎や五島列島で育った子が、いきなり広大な空の下で暮らすわけですから、その衝撃は相当だったはずです。

後に旅番組やエッセイで見せる視野の広さや、やわらかい言葉選びは、このモンタナでの体験ともつながっているように感じられるんです。

長崎の公立高校時代と巫女アルバイトのハプニング

学校の教室の画像

高校時代の長濱ねるさんは、地元・長崎の公立高校で学びながら、将来の進路も現実的に考えていた時期でした。

全国高等学校クイズ選手権では長崎県大会の決勝まで進出し、知的な一面を見せています。

高校1年生の冬には、神社で巫女のアルバイトも経験しました。

ところが、寒さ対策で置いてあったストーブにうっかり近づきすぎて、巫女装束の裾を焦がしてしまったそうです。

その結果、アルバイト代から装束代が天引きされることになり、かなりしょんぼりしたというエピソードも語られています。

こういう等身大の失敗談があるからこそ、完璧じゃない親しみやすさが魅力なんですよね。

グランドスタッフ志望から欅坂46応募へ

当時思い描いていた将来の仕事は、空港で働くグランドスタッフでした。

転機が訪れたのは2015年の鳥居坂46オーディションです。

両親は「どうせ受からないだろう」と思って許可したところ、想像以上に審査を通過していきます。

最終審査直前にお母さんの反対で長崎へ連れ戻されましたが、娘の涙を見かねた父親が運営スタッフに相談したところ、乃木坂46の福岡公演(福岡国際センター)へ家族全員が招待されることになります。

そこでアイドルのプロフェッショナルなステージを目の当たりにしたことで、反対していた母親も彼女の夢を理解し、特例での加入という異例の道が開かれました。

ここから17歳で上京し、人生が大きく切り替わっていきます。

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けやき坂46特例加入から欅坂46兼任で一気に飛躍

ライブ会場で盛り上がる様子の画像

最終オーディションを受けられなかった長濱ねるさんは、かなり異例の形でグループに入ることになります。

けやき坂46の最初のメンバーとして活動を始め、その後は欅坂46も兼任する流れになりました。

最初から王道の加入ではなかったぶん、注目もプレッシャーも大きかったはずです。

それでも、そこから短期間で中心メンバーのひとりへ伸びていったところに、長濱ねるさんの強さが出ています。

「サイレントマジョリティー」「世界には愛しかない」で存在感

2016年4月、長濱ねるさんは欅坂46の1stシングル「サイレントマジョリティー」に収録されたユニット曲「乗り遅れたバス」でCDデビューします。

ここでまず、“特例加入の子”という見られ方だけではなく、作品の中でしっかり印象を残す存在になっていきました。

さらに同年6月には、2ndシングル「世界には愛しかない」から欅坂46とけやき坂46の兼任が発表されます。

そして8月には収録曲「また会ってください」で初のソロ曲も担当しました。

このスピード感、かなりすごいですよね。

2017年9月にはけやき坂46との兼任が解除され、欅坂46専任になります。

加入の経緯が特別だったからこそ、実力や人気でしっかり立ち位置を作っていった流れがよくわかります。

短い期間でグループの顔のひとりになったのは、やはり印象的です。

アイドルとしての集大成と長崎への恩返し

アイドルがライブ会場で歌を歌っている画像

長濱ねるさんのアイドル後半を振り返ると、人気が伸びただけでは終わらないんです。

長崎や五島列島という自分を育てた場所に、仕事を通してきちんと返していく流れが見えてきます。

このまとまり方、なんだかすごく彼女らしいですよね。

2017年12月19日発売の写真集『ここから』は、長崎や五島列島で撮影され、初週約9万8000部を記録した大ヒット作になりました。

2018年には長崎ランタンフェスティバルで皇后役を務め、長崎市観光大使にも就任します。

そして2019年3月7日、自身の公式ブログで欅坂46からの卒業を発表しました。

7月30日の幕張メッセ卒業イベント『ありがとうをめいっぱい伝える日』は、グッズも演出も本人が手がけた特別な一日です。

『また会ってください』『100年待てば』なども披露され、最後は秋元康さんが彼女のために書き下ろした新曲『立ち止まる手前で』を涙ながらに歌いきりました。

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表現者としての再始動:俳優と文筆の両輪

卒業後の長濱ねるさんは、すぐに前へ進んだわけではありませんでした。

約1年の沈黙があったからこそ、2020年7月7日『セブンルール』での再始動は、かなり大きな転換点として映ったんです。

静けさのあとに始まった新しい一歩、ぐっときませんか。

その後は『舞いあがれ!』や『ウソ婚』に出演し、俳優としての存在感を少しずつ広げていきました。

2024年の月9『366日』では、主人公の親友・下田莉子役を担当します。

社会人として介護福祉士の職務に励みながら、理学療法士の資格取得という高い目標に挑み、見事国家試験に合格。

その直後、高校時代からの親友である小川智也に対し、自ら『結婚しよう!』と逆プロポーズする姿は、迷いのない強さを象徴する名シーンとなりました。

いわゆる“交際0日婚”の決断力が印象的で、透明感だけではない芯の強さを見せた役だったんです。

まとめ

  • 五島列島の豊かな自然と読書好きが育てた感性と好奇心
  • 特例加入から写真集大ヒット、故郷への恩返しまで駆け上がったアイドル時代
  • 一度立ち止まって見つめ直した後の、俳優としての新たな表現活動

長濱ねるさんの歩みって、島の小さなケーキ屋さんから幕張メッセの大舞台まで、本当にドラマみたいですよね。

巫女さんのアルバイトで失敗したり、将来の夢に悩んだりする等身大の姿があるからこそ、多くの人に愛され続けているんだと思います。

卒業後の沈黙期間を経て、『366日』での逆プロポーズによる交際0日婚など、芯の強さも見せる今の長濱ねるさん。

なんか、一度立ち止まって自分を見つめ直したからこそ、今の自然体な魅力があるんでしょうね。

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