「市來玲奈さんって、もともとどんな人だったんだろう?」
テレビで見かける今の彼女は、華やかで落ち着きもあって、まさに“できる女子アナ”って感じですよね。
でもその姿の裏には、ダンスに打ち込んだ学生時代や、アイドルとの両立に悩んだ日々があったんです。
このページでは、市來玲奈さんの経歴や学歴を、小学校時代からていねいにたどっています。
「どうやって乃木坂46に入ったの?」「勉強は得意だったの?」といった疑問にも、きちんと答えます。
ダンス、アイドル、早稲田大学、そしてアナウンサーへ。
彼女がどんなふうに今の場所にたどり着いたのか、ちょっとのぞいてみませんか?
市來玲奈のプロフィール
- 名前:市來 玲奈(いちき れな)
- 生年月日:1996年1月22日
- 年齢:29歳(2025年11月現在)
- 出身地:千葉県船橋市
- 血液型:A型
- 身長:154cm
- 趣味:映画鑑賞・料理・文房具集め
市來玲奈の幼少期と小学校時代の歩み
今やニュース番組やバラエティ番組で見かけない日はない市來玲奈さん。
でも、そんな彼女にも“ごく普通の小学生”だった時代があるんです。
意外と知られていない彼女の小学校時代には、後の活躍につながる「ある出会い」がありました。
千葉県船橋市で生まれ育った市來さんは、地元の船橋市立海神(かいじん)小学校に通っていました。
当時の市來さんは、今の華やかなイメージからは想像がつかないほどとても内気な性格だったんだとか
「人前に出るのが苦手だった」というエピソードもあって、小学生時代は目立つタイプではなかったようです。
なんか、ちょっと意外じゃないですか?
それでも彼女は習い事をいくつかしていて、クラシックバレエやヒップホップダンス、そして塾通いもしていました。
ただ、まだこの頃は、あの“競技ダンス”には出会っていません。
彼女の転機は、小学校5年生の時に突然訪れます。
内気な少女が競技ダンスと出会うまで
きっかけは、なんと塾の入っていたビル。
そのビルの中に、偶然ダンス教室があったんです。
ふつうなら見過ごしてしまいそうですが、市來さんはふと興味を持って、体験レッスンに参加してみたんですね。
そのとき、講師から「この子、向いてるかも」と言われたそうです。
それがきっかけで、小学校6年生から競技ダンスを本格的に始めることになります。
でも、思い返してみると、クラシックバレエやヒップホップの経験があったから、体の動きやリズム感は人並み以上だったのかもしれません。
“運命の出会い”って、案外こんな日常の中に隠れているんですよね。
ちなみにこの時点では、まだ本格的なダンサーを目指すとか、アイドルになるとか、そんなことは考えていなかったそうです。
ただただ、「踊るのが楽しい」「もっと上手くなりたい」――そんな純粋な気持ちだったんだろうなと思います。
このときの選択が、後のアイドル活動やアナウンサーとしての表現力につながっていくと考えると、本当にすごいですよね。
中学時代に開花した才能と全国レベルの実力
小学生の頃に競技ダンスと出会った市來玲奈さん。
中学に入ると、その才能は一気に花開きます。
どこにでもいる普通の公立中学の生徒だった彼女が、全国トップクラスのダンサーへと成長していったんです。
進学先は、千葉県の船橋市立海神(かいじん)中学校。
特別な私立でも、芸能系の学校でもありません。
けれど、市來さんはそこで驚くほどの努力と集中力を見せました。
たとえば中学1年生の6月。
まだ入学してたった数か月で、いきなり「東部日本ダンス選手権大会」ジュニアラテン部門で1位という快挙を達成。
これ、すごくないですか?
中学1年で東日本チャンピオンですよ。
さらにその勢いは止まらず、翌年3月には「全日本選抜ダンス選手権」ジュニアラテン部門で2位。
全国の舞台でも堂々と上位に入り込んでいました。
中学2年生の頃には、日本ダンススポーツ連盟の強化選手にも選ばれています。
これは、将来有望な選手だけが入れる特別な育成枠のようなもの。
中学生にして、プロレベルの扱いを受けていたというわけです。
でも、本人は決して天狗になっていたわけではありません。
勉強も手を抜かず、しっかり成績上位をキープしていたそうです。
「東大や早稲田、慶應って、ダンスも強いし、頭も良くないと入れないんです」
中学3年のときのインタビューで、彼女はこう語っています。
この時点で、もうすでに将来を冷静に見つめていたんですね。
ただの夢見がちな子どもじゃなくて、ちゃんと“準備のできる人”だったんだなと思います。
世界を見据えた中学ダンサーとしての軌跡
国内だけじゃなく、彼女の目線はすでに海外の舞台にも向いていました。
中学2年生の終わり、市來さんは「スーパージャパンカップ」という国際規模の大会に出場。
この大会、プロも多数参加する格式高い競技会です。
そんな場所で中学生が踊るって、ちょっと信じられませんよね。
でも、市來さんは堂々とリンクに立ち、観客の前でラテンダンスを披露しました。
もうこの頃には、“中学生のホープ”ではなく、“日本のダンス界の若き星”という存在に。
ちなみにダンスの練習は、学校が終わってから夜遅くまで。
週末も大会や練習に費やしていたそうで、プライベートなんてほとんどなかったとか。
それでも辞めようと思ったことはなかったそうです。
「踊ることが、ただ楽しかったから」
きっとその気持ちが、全国・そして世界レベルにまで押し上げた原動力だったんでしょうね。
まだテレビにも出ていない、乃木坂46にも入っていない。
けれどこの時期の市來玲奈さんは、すでに“人を魅了する力”を身につけ始めていたのかもしれません。
偏差値75の進学校と乃木坂46の両立に挑んだ高校時代

中学時代に競技ダンスで全国レベルの実力を見せた市來玲奈さん。
そのままダンス一本で突き進むのかと思いきや、彼女が選んだのは「学びの道」でもありました。
目指したのは、なんと偏差値75という超難関校――早稲田大学本庄高等学院。ここから、学業と芸能の壮絶な両立生活が始まります。
この高校、早稲田大学の系列校で、卒業すれば基本的に大学へ内部進学できます。
ただし、中高一貫ではなくて高校受験で入るしかない学校なんです。
つまり、市來さんは厳しい受験戦争を勝ち抜いて、ちゃんと試験でこの進学校に合格したということ。
芸能活動に行く前から、すでに努力の人だったんですね。
入学してすぐの高校1年生の8月。
お母さんの勧めで受けたオーディションで、乃木坂46の1期生メンバーに選ばれます。
しかもデビューシングル「ぐるぐるカーテン」では、いきなり選抜メンバー入り。
1列目ではなかったけれど、それでもスタートラインとしては十分すごいポジションです。
そして、秋元康さんの前での最終オーディション。
歌があまりに下手で、サビに行く前に「大丈夫です」と止められたというエピソードも。
でもそれでも合格したのは、やっぱりダンススキルと存在感がズバ抜けていたからに違いありません。
ちなみに、同じ乃木坂1期生の生駒里奈さんとはこの時期からの仲良し。
今でも交流があるそうで、芸能界で支え合える仲間ってやっぱり大事なんですね。
芸能活動と学業の狭間で見えた苦悩と努力
アイドル活動が始まったとはいえ、学校は相変わらずハイレベル。
テストの成績も厳しく評価される環境だったそうで、「落第ラインなんて絶対超えられない」というプレッシャーが常にあったんだとか。
放課後はそのまま新幹線で東京へ向かい、レッスンや撮影。
勉強は移動中の車内や、楽屋の空き時間にこなす。
こんな生活、普通ならすぐに心が折れてしまいそうです。
それでも市來さんは、どちらも決して手を抜きませんでした。
「お芝居やダンスも大事。でも、高校をちゃんと卒業するのは自分の中でのけじめ」
そんな強い気持ちがあったそうです。
でも、ずっと順風満帆だったわけじゃありません。
高校3年生の頃には、学業を優先するために乃木坂の選抜から外れるようになっていきました。
「このまま芸能の世界でやっていけるのか」
「大学、本当に受かるのか」
そんな不安が襲ってきて、時には親に泣きながら相談したこともあったとか。
それでも、仲間の存在、応援してくれるファンの声が彼女を支えてくれたそうです。
“アイドルでいる自分”と“進学校の生徒である自分”、その両方を大切にしていたんですね。
高校生活の最後には、早稲田大学に進学が決まり、夢に一歩近づくことができました。
この時点で、彼女の中にはすでに「アナウンサーになる」という新たな目標が芽生えていたんです。
芸能と勉強の両立って、言うのは簡単だけど、実際は本当に過酷。
それを3年間やり切った市來玲奈さん、やっぱりただ者じゃありませんね。
早稲田大学進学と女優活動の両立、その後の進路決断

アイドル活動を一旦卒業し、次に市來玲奈さんが選んだのは、やっぱり「学び」の道でした。
進学先は、早稲田大学文学部。
高校からの内部進学ではあるものの、芸能活動と学業の両立というハードルを乗り越えた上での進学でした。
高校卒業のタイミングで乃木坂46を離れたのは、決して後ろ向きな決断ではなかったんです。
彼女の中には、「大学生活でしかできないことにチャレンジしたい」という思いがありました。
実際、大学入学後はアイドルではなく女優としての活動をスタート。
しかも、単なる“元アイドルの女優ごっこ”ではなく、舞台や映画など、しっかりとした作品でキャリアを積んでいきます。
大学2年生の10月には映画『サンタクロースズ』で初めて映画出演。
さらに大学4年生には主演作『さざ波ラプソディー』も公開されています。
一方で、大学生活は想像以上に大変だったようです。
「もっと自由な時間があると思ってたけど、大学って想像よりずっと厳しかった」
と後に語っています。
必修科目やレポート、卒論、試験……。
高校時代以上に、自分の意思と行動力が問われる毎日。
特に文学部は専門性が高く、自分の興味を深く掘り下げる必要があったそうです。
女優業のかたわら、大学の授業にも出て、課題をこなしながら、地道に卒業を目指していた市來さん。
どちらか一方だけでも大変なのに、両立していたのだから、本当に尊敬しますよね。
そんな日々の中で、彼女の心の中には、ある“子どもの頃の夢”が再びよみがえってきます。
専攻は映画、卒論はディズニーアニメ
市來玲奈さんが在籍していたのは、早稲田大学文学部。
数ある専攻の中でも、彼女が選んだのは「映画」でした。
なんで映画?と思うかもしれませんが、これにはちょっと素敵な理由があります。
実はお母さんも、同じ早稲田の文学部(当時の第一文学部)に在籍していたそうなんです。
母と娘で同じ大学、同じ学部というのも、なんかドラマみたいでいいですよね。
卒論のテーマは「ディズニーアニメーション」。
子どもの頃から親しんできた作品を、大学生の視点で深く掘り下げた内容だったそうです。
単に「ディズニーが好き」というだけではなく、ストーリーテリングやキャラクターの心理描写、文化的背景なども研究対象にしていたとのこと。
アニメを“学問として”捉えるというのは、やっぱり文学部らしい視点ですよね。
しかもその卒論を、しっかり提出して無事に卒業。
きちんと袴を着て、晴れて大学を巣立っていきました。
そして、この時期に彼女が次に選んだ進路こそ、子どもの頃から憧れていた“アナウンサー”という職業だったんです。
アイドル、女優、そして大学生。
いろんな顔を持つ中で、自分が一番やりたいことを見つけ、夢に向かって動き出す――そんな決断が、この大学時代だったんですね。
アイドルからアナウンサーへ──夢を実現させた就職と現在
乃木坂46を卒業し、女優としても活躍していた市來玲奈さん。
でも、彼女が本当に叶えたかったのは、もっと前からずっと心にあった“もう一つの夢”でした。
それが「アナウンサーになること」。子どもの頃から憧れ続けてきた夢を、彼女はちゃんと現実にしてしまうんです。
大学4年生のとき、日本テレビから内定を受けた市來さん。
しかもその内定は、いわゆる“女子アナ枠”というより、本気でアナウンス力やタレント性を評価されたものでした。
「小学生の頃、文集に“将来の夢はアナウンサー”って書いていたんです」
そんなエピソードを語る彼女の表情は、とても誇らしげでした。
アナウンサーとしての第一歩は、2018年4月。
日本テレビに入社すると、すぐに大型番組への出演が決まります。
初年度からなんと、『行列のできる法律相談所』のアシスタントに抜擢。
前任は実力派の徳島えりかアナだっただけに、これは局としてもかなりの期待を寄せていたことがわかりますよね。
その後も『news zero』など報道系の番組にも登場し、真面目な一面も見せてくれました。
ダンス、演技、そして情報を正確に伝える“しゃべり”までできるなんて、ほんとマルチですよね。
周囲からも「落ち着いていて安心感がある」「声が聞きやすい」といった高評価が集まり、瞬く間に“次世代のエースアナ”として注目される存在に。
「絶対に中途半端な気持ちではやらない」
そんな芯の強さが、どの仕事にも表れている気がします。
日テレ入社後の活躍と“人気女子アナ”としての地位確立
入社わずか1年でレギュラー番組を複数担当し、バラエティからニュースまで幅広くこなすようになった市來アナ。
2019年には『行列』のほかに、『ZIP!』『バゲット』など情報番組でも活躍。
さらに『金スマ』では、過去にダンス企画で出演していた縁もあり、視聴者からは「おかえり!」という声も上がっていました。
やっぱり、乃木坂46時代からずっと応援しているファンにとっては、テレビで見るたびに“成長した姿”を感じられるんでしょうね。
そして注目なのは、ただのアイドル出身アナウンサーではないということ。
彼女は原稿を読むだけじゃなく、自分の言葉で伝える力がしっかりあるんです。
大きなニュースがあったとき、緊張感ある現場の空気を壊さずに話す姿は、まさにプロの仕事。
その落ち着きや丁寧さから、視聴者や制作スタッフからの信頼も厚いそうです。
ちなみに、競技ダンスの経験も相まって、番組の特集や企画で華麗なステップを披露する場面も。
「ダンスのできるアナウンサー」としても、一目置かれる存在なんです。
一歩ずつキャリアを積み上げて、確実に“人気女子アナ”のポジションを手にした市來玲奈さん。
華やかだけど、地に足のついた仕事ぶり。そこに、彼女らしさが詰まっています。
子どもの頃の夢を、本当に叶えるって簡単なことじゃありませんよね。
でも市來さんは、ひとつひとつの努力を積み重ねて、その夢にたどり着きました。
そして今も、きっと次のステージに向かって、着実に歩みを進めているはずです。
まとめ
- 市來玲奈さんは、小学生の頃に偶然出会ったダンスをきっかけに、自分の道を切り開いていった
- 中学・高校・大学と常に勉強と芸能活動を両立し、どのステージでも手を抜かず努力を積み重ねた
- アイドル、女優を経て、ついに夢だったアナウンサーに──今や日テレの看板アナとして活躍中
どこにでもいるような内気な女の子が、ほんの小さな「きっかけ」から、自分の人生を大きく変えていった。
ダンス、アイドル、学業、そしてアナウンサー。
どの道でも中途半端にせず、真剣に取り組んできた市來玲奈さんの歩みは、地味だけど本当にすごい。
「好きなことをとことん続ける」
その積み重ねが、夢を叶える力になるんだなって、あらためて感じさせてくれますよね。
これからも、彼女がどんな表情で新しいステージに立つのか、静かに、でもワクワクしながら見守りたくなります。


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