AKB48の元メンバー・福留光帆さんの学歴や経歴って、気になりませんか?
子どもの頃から芸能界に憧れ、中学時代にはSNSでの誹謗中傷に心を痛めながらも、夢を諦めなかった彼女。
そして高校でついに掴んだAKB加入のチャンス――その裏側には、想像以上の努力と、等身大のストーリーが詰まっていました。
この記事では、福留光帆さんの学生時代から芸能界入り、そして現在の活動までを時系列でわかりやすくご紹介します。
AKB時代の裏話や、家族との心温まるエピソードもたっぷり詰め込んでいるので、ぜひ最後まで読んでみてくださいね。
福留光帆のプロフィール
- 名前:福留 光帆(ふくとめ みつほ)
- 生年月日:2003年10月22日
- 年齢:21歳(※2025年時点)
- 出身地:兵庫県尼崎市
- 身長:153cm
- 血液型:A型
- AKB48加入:2019年、チーム8兵庫県代表として加入(高校1年生時)
- AKB48卒業:2022年、高校卒業と同時にグループを卒業
- 現在の活動:タレント・YouTube・イベント出演など
幼少期から芽生えた芸能界への関心

福留光帆さんが芸能界に興味を持ち始めたのは、小学生の頃。
きっかけは、同年代の子どもたちがたくさん出演していたテレビドラマでした。
テレビの中でキラキラと輝く子役たちを見て、「私も出てみたい」と思ったそうです。
その思いを胸に、まだ小学4年生のとき、光帆さんは母親に「芸能界に入りたい」とお願いをします。
この行動力、なかなかすごくないですか?
たいていの子どもなら、「すごいなぁ」で終わりそうなもの。
でも福留さんは違いました。
実際に芸能事務所にも所属し、1年半ほどレッスンに通っていたんです。
ダンスや演技の基礎を学びながら、本気で芸能の世界を目指していたんですね。
ただ、この時期にはまだお仕事には恵まれず、子役としてテレビに出ることはなかったそう。
でも、ここで一度「やってみたい!」と行動した経験が、のちのアイドル活動やタレントとしての一歩につながっていくんです。
夢の種は、すでにこの頃から蒔かれていたわけですね。
活発な性格と習い事、芸能事務所に入るまで
福留光帆さんって、見た目はどちらかというと柔らかくておっとりした印象。
でも、実は子どもの頃からかなり活発なタイプだったんですよ。
小さい頃から好奇心旺盛で、じっとしているより動き回っている方が好き。
そのせいか、ケガをすることも多かったんだとか。
「わんぱく」という言葉がぴったりかもしれませんね。
さらに、習い事もいろいろやっていて、水泳や習字にも通っていたそうです。
特にすごいのが、何かやってみたいと思ったときに、親がしっかり応援してくれたこと。
「光帆がやりたいって言うなら、やってごらん」
と言って、どんなことでも挑戦させてもらっていたといいます。
子どもにとって、これはかなり心強いですよね。
その自由な環境の中で、「芸能界に入りたい!」という夢も自然に生まれてきたのかもしれません。
家族の理解と、自分の好奇心。
この2つがそろっていたからこそ、福留光帆さんは小学生のうちに芸能事務所に入るという大胆な一歩を踏み出せたんです。
まだ何者でもなかった少女が、テレビの中に憧れ、自分の未来を思い描きはじめた――。
そんな最初の一章が、彼女の物語のスタートでした。
中学時代:アイドルを目指し始めた原点
芸能界に憧れていた福留光帆さんが、本格的に「アイドルになりたい」と強く意識し始めたのは、中学生の頃のこと。
地元・兵庫県尼崎市にある尼崎市立中央中学校に通っていた彼女は、当時ソフトボール部に所属していました。
でも、その部活も10か月ほどで退部。
それには、ちょっとした人間関係の悩みもあったようです。
なんか、そういうのって多感な時期にはありがちですよね。
そんな中、光帆さんが心惹かれたのが、アイドルグループNMB48の存在でした。
特に中学2年生の頃に、NMB48のパフォーマンスを見て「私も、あのステージに立ちたい」と思うようになったんです。
実はそれ以前からも、アイドルアニメが大好きで、キラキラした世界に憧れていたそう。
でも、ただ“好き”で終わらせずに「自分もやってみたい」と思えるのが福留さんらしいところ。
この時期、彼女は少しずつ、夢に向けて行動を始めていきます。
まだあどけなさが残る中学生だったけれど、心の中ではしっかりと「アイドルになりたい」という芯が育ち始めていたんですね。
傷ついても挑み続けたオーディション

福留光帆さんが「アイドルになる!」と決意し、オーディションを受け始めた中学3年生の頃――。
SNSによる心ない言葉が彼女を傷つけていました。
「福留がアイドルなんて笑える」
「オーディション受けてるとか、無理でしょ」
そんなSNS投稿が、流れていたんです。
これって、正直めちゃくちゃキツいですよね。
しかも、夢に向かって頑張っている最中での出来事。
でも福留さんは、そこで諦めなかった。
どれだけ落ちても、どれだけ笑われても、何度も何度もオーディションを受け続けました。
地下アイドルグループの合格もあったけど、彼女が目指していたのは“AKBグループ”。
だから、条件が良くても、そこには入らなかったんです。
まわりの言葉に流されず、自分が本当に行きたい場所を見失わなかったんですね。
この頃の彼女の姿勢には、強さとまっすぐさが詰まってると思いませんか?
笑われても、傷ついても、やりたいことを貫くって、実は一番かっこいいことかもしれません。
そしてこの努力は、やがて彼女をAKB48のメンバーへと導くことになります。
高校時代に掴んだAKB48のチャンス

数えきれないほどのオーディションに挑戦し続けた福留光帆さん。
その努力がようやく実を結んだのが、高校1年生のときでした。
2019年10月、念願だったAKB48チーム8の兵庫県代表としてグループに加入することが決まったんです。
やっと掴んだ大チャンス。
本人も、「合格したときは、気が動転してなにも考えられなかった」と語るほど、嬉しさと驚きが入り混じった瞬間だったそうです。
実は、AKB48以外にもHKT48やNGT48のオーディションも受けていたとか。
でも、本当に入りたかったのは“本家”AKB48だったから、合格の知らせを聞いたときの喜びは格別だったはずです。
このとき通っていた高校は、兵庫県立尼崎小田高校。
地元・尼崎市にある共学校で、偏差値は48〜58ほど。
学校では特別扱いされることもなく、上級生や他のクラスの生徒が「福留光帆ちゃんって、AKBの子やんな?」と見に来るくらい。
でも、本人はあくまで普通の高校生として、自然体で過ごしていたそうですよ。
高校生活と芸能活動の両立は決して簡単じゃなかったけれど、それでも「AKBに入る」という目標を叶えた瞬間は、きっと忘れられない時間だったに違いありません。
公立高校から通信制へ、学業とアイドル活動の両立
AKB48の活動と高校生活、両方をこなしていた福留さんですが、徐々にバランスをとるのが難しくなっていきます。
特に問題になったのが「出席日数」。
ライブやイベントが重なって学校を休むことが増え、単位の取得が厳しくなってきたんです。
そこで彼女が選んだのが、高校3年生の6月に通信制高校へ転校するという道でした。
転校先の学校名までは明かされていませんが、福留さんいわく「とても先生が良い学校」だったとのこと。
「また戻りたい」と思えるくらい、温かい雰囲気の中で学べていたようです。
通信制高校に移ってからも、AKBの活動は続きました。
ただ、当時はちょうど新型コロナウイルスの流行があった時期。
ステージに立つ機会は激減し、「目立った功績も残せなかった」と本人も少し悔しそうに振り返っています。
でも、そんな中でも心が折れなかったのは、学校という“自分の居場所”があったから。
高校生活の中で友達とお昼ごはんにカップ焼きそばを作って食べたり、授業中にアラームを鳴らして怒られたり。
なんとも等身大のエピソードに、思わずクスッとしてしまいますよね。
一見、アイドルとしては地味な活動かもしれません。
でも、「普通の女の子」としての時間を大切にしていたからこそ、福留さんはメンタルを保ち、前を向き続けられたのかもしれません。
忙しさの中でも、笑ったり、怒られたり、ちょっとだけさぼったり。
そんな高校生活があったからこそ、アイドルとしての彼女にも、自然体の魅力があったんじゃないでしょうか。
AKB48卒業後の進路と現在の活動
AKB48チーム8の兵庫県代表として活動していた福留光帆さん。
でも、2022年の春、高校卒業と同時にグループを卒業することを発表しました。
「これからどうするんだろう?」と心配する声もあったなか、彼女は少しずつ自分のペースで、新しい道を歩き始めています。
AKB時代は、どちらかというと“選抜常連”という感じではなかった福留さん。
活動自体も、コロナ禍の影響で思うようにできない時期が続きました。
それでも、笑顔と努力を絶やさず、少しずつファンとの距離を縮めてきたのが彼女の魅力。
卒業後は、「急にテレビでバンバン見るようになった」というタイプではないけれど、じわじわと注目を集めるタイプなんですよね。
最近では、地元・兵庫や関西圏を中心に、イベント出演やメディアでの露出も増加中。
特に、“ある趣味”がきっかけで、意外な分野からも声がかかるようになっています。
それが、ボートレース。
福留光帆さん、実はこの世界にどっぷりハマっているんです。
大学進学を選ばず、ボートレースにハマったタレント活動
高校卒業後、大学には進学しなかった福留さん。
「勉強よりも、やりたいことをやる」という選択をした彼女は、タレント業ともう一つ、趣味のボートレースに全力投球しています。
知ってました?
彼女がボートレースにハマったきっかけは、高校3年生の秋、父親と一緒に行ったボートレース尼崎の観戦。
そのとき見たレースが、めちゃくちゃかっこよくて衝撃を受けたそうなんです。
「これはヤバい!」と完全に魅了されて、それからはどんどん詳しくなっていき、気がつけばボートレース関連のイベントにも呼ばれるほどに。
ただの趣味で終わらせず、しっかり“お仕事”にもつなげているところがすごいですよね。
現在は、YouTubeやイベント出演を中心に、タレントとして幅広く活動中。
「ボートレース好き女子」として知られるようになったことで、競艇ファンからの支持も急上昇中です。
福留さん自身も「好きなことを仕事にできて嬉しい」と語っていて、楽しみながら自分らしいスタイルを築いているのが伝わってきます。
AKB48卒業後も、“自分の好き”を武器にしながら、じっくりとタレントの階段を上っている福留光帆さん。
これからどんな場面で活躍していくのか、ますます楽しみですね。
まとめ
- 小学生の頃から芸能界を夢見て行動を開始
- 中学・高校での挑戦や挫折を経てAKB48メンバーに
- 卒業後は地元愛と趣味を活かしたタレント活動へ
福留光帆さんのこれまでの歩みって、なんだか等身大で応援したくなりますよね。
夢を叶えるまでには、楽しいことだけじゃなく、悔しいことや傷つくこともたくさんあったはず。
それでも諦めずに進み続けられたのは、家族のあたたかい支えや、地元・尼崎での穏やかな日々があったからこそ。
「やりたい」と思ったことには、まっすぐ飛び込んでいく姿勢が、今の彼女の魅力につながっています。
この先も、“好き”を力に変えて、自分らしいステージで輝き続けてくれそうですね。




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