織田梨沙さんの名前、最近よく見かけると思いませんか?
映画やドラマでの存在感もさることながら、実は学生時代のエピソードもかなり気になるんです。
どんな学校に通っていたのか、どんなことに夢中だったのか。
少し意外な一面もあって、読むと思わず「へぇ〜」となるかも。
この記事では、織田梨沙さんの経歴や学歴を中心に、その歩みを詳しくたどっていきます。
「なんか気になる…」と思ったあなたに、ちょうどいい読みものです。
織田梨沙のプロフィール
- 名前:織田 梨沙(おだ りさ)
- 生年月日:1995年11月12日
- 年齢:30歳(2025年12月現在)
- 出身地:千葉県市川市
- 身長:162cm
- 血液型:O型
- 所属事務所:フライングボックス
- 女優デビュー作:2014年 映画『ほったまるびより』(主演)
- 代表作:映画『秘密 THE TOP SECRET』、ドラマ『精霊の守り人』、映画『コンフィデンスマンJP -ロマンス編-』
千葉県市川市で育った少女時代

映画やドラマでその存在感を放つ織田梨沙さん。
彼女の魅力的な演技の裏には、どんな子ども時代があったのでしょうか?
織田梨沙さんは、1995年11月12日生まれ。
千葉県市川市で育ちました。東京都心からのアクセスも良い市川市は、住宅街としても人気のあるエリアです。
お兄さんとは歳が近いこともあり、幼い頃は一緒に遊ぶことが多かったそうです。
しかも、お兄さんだけじゃなく、その友達とも一緒に外で走り回っていたとか。
「女の子っぽい遊びはあんまりしてなかったかも」
と本人も語っていて、実際、服もお兄さんのお下がりを着ることが多かったことから、スカートがちょっと苦手だったとか。なんか、わかる気がしませんか?
そんな活発な日常を過ごしながらも、のちに女優として羽ばたく素地が、この頃から少しずつ芽生えていたのかもしれません。
幼少期からの習い事とロシアの血を引く家系

実は織田梨沙さん、3歳のときからクラシックバレエを始めています。
バレエスタジオに通い、踊りに親しむ日々を送っていました。
バレエといえば姿勢や表現力が磨かれる習い事。
後の演技にも通じるものがあったのかもしれません。
女優として活動するようになってからも、バレエを再開しているんです。
きっと身体で表現する感覚が、演技にとっても大きな武器になっているのでしょう。
さらに小学6年生のころにはフラダンスも始めていて、高校生まで続けていたそうです。
バレエとフラ、表現力を育む2つのダンスに触れていたなんて、かなり多彩ですよね。
そしてもうひとつ、気になるのが
「織田さんってロシアとのハーフなの?」という噂。
たしかに、ぱっちりした目元や透明感のある雰囲気から、そんな印象を受ける人もいるかもしれません。
でも実際には「ハーフ」ではありません。
正確には、お母さんがロシア系のクオーター(1/4)、織田さんはその子なので“ワンエイス”(1/8)なんです。
つまり、ロシアの血がほんの少しだけ混じっているということ。
ただし、ご本人は「ロシアに行ったこともないし、文化も知らないので、普通に日本人です」ときっぱり話しています。
見た目だけではわからないものですね。
でも、そんな小さなルーツの違いも、織田梨沙さんの印象的な顔立ちや独特の存在感に、ほんのり影響しているのかもしれません。
英語に興味を持ったきっかけと中学時代の留学体験

織田梨沙さんの“英語が得意”って話、聞いたことありますか?
実はその英語力、子どものころからの興味と経験がしっかり積み重なってできたものなんです。
中学時代には海外にも飛び出していて、今の活躍にも繋がる大きなターニングポイントになっています。
織田さんが英語にハマったきっかけは、なんと子どもの頃に観ていた海外ドラマ。
字幕を追うのに集中しすぎて、映像の細かい表情や動きが見えなくなるのがもったいない…
そんな想いから、「英語がわかればもっと楽しめるのに」と思うようになったそうです。
なんか、わかる気がしませんか?
英語を理解できれば、俳優たちの“生の声”や“間”を、もっとリアルに味わえますもんね。
その思いはどんどん強くなり、中学生になると本格的に行動へと移していきます。
なんと、短期留学を2回も経験しているんです。
当時の織田さんは市川市内の公立中学に通っていたとみられていますが、学校生活のかたわら、語学への情熱をしっかり持っていたことがよくわかります。
海外での経験って、語学だけじゃなくて、自分自身を大きく変えてくれるもの。
この体験が後の人生にどう影響したのか、気になりますよね。
トロントとソールズベリーへの短期留学が語学力の礎に
織田梨沙さんが訪れたのは、カナダの「トロント」と、イギリスの「ソールズベリー」。
どちらも英語圏の国で、言葉も文化も日本とはまるで違います。
まずトロント。カナダ最大の都市で、多国籍な人々が暮らす活気ある街です。
ここでの留学は、いろんな国の人たちと関わるチャンスがたくさんあったはず。
そしてもう一つの留学先が、イギリスのソールズベリー。
ロンドンから電車で約1時間半の場所にあり、歴史ある街並みが魅力の地方都市です。
織田さんはこの2つの街で、日常的に英語を使う環境に身を置きました。
たとえば、買い物一つとってもすべて英語。
学校でも、ホストファミリーとの会話でも、どんどん英語を吸収していったはずです。
中学生という柔らかい感性で体験した海外の空気は、語学力以上に「伝えたい」という気持ちや、「もっと知りたい」という好奇心を育ててくれたのかもしれません。
しかもこの2回の短期留学、まだ女優になる前の話なんです。
語学をただ“テストのため”に学んでいたわけではなくて、自分の世界を広げるために学んでいた。
そういう姿勢って、すごく素敵だと思いませんか?
のちに織田さんがインタビューで語っていた「字幕なしで映画を観たい」「世界中の人と話したい」っていう言葉。
そのベースは、このトロントとソールズベリーでの経験にあったのかもしれませんね。
行徳高校での学びとスカウトから始まったモデル活動

彼女が通っていたのは千葉県立行徳高校。
学生生活とともに、偶然の出会いから始まったモデルとしての歩みにも注目が集まっています。
高校生活をスタートさせたばかりの冬。
場所は銀座。母親と一緒にショッピングをしていた織田さんに、ある声がかかります。
それが、芸能事務所からのスカウトでした。
スカウトされたのは中学3年の終わりごろ。
このタイミングで声をかけられるって、やっぱりどこか人目を引く魅力があったんでしょうね。
そしてそのままモデルとしての活動を開始。
高校生になったばかりの頃から、雑誌やファッションショーの世界へと足を踏み入れていきます。
たとえば「ユニクロ ファッションフェス」や「東京コレクション」といった大舞台にも出演。
モデルとして順調にキャリアを積みながら、高校生活と両立していたのはすごいことです。
行徳高校は千葉県市川市にある共学校。
特別に芸能コースがあるわけではなく、ごく普通の公立校です。
そんな中でも学業をこなしながら、撮影やリハーサル、イベント出演に励む日々はきっとハードだったはず。
でも、織田さんはこの頃からすでに「モデルだけで終わりたくない」と感じていたようです。
このあと始めたのが、演技のレッスン。
彼女のなかで“表現者としての軸”が少しずつ固まっていった時期だったのかもしれません。
高校生活と並行して始めた演技レッスンと英語学習への意欲

高校3年生になる頃、織田さんは新たなチャレンジを始めます。
それが演技レッスン。
モデルの仕事をしながらも、「いつか女優として芝居がしたい」という思いを持っていたそうです。
実際、当時のインタビューでは「ずっと映画が好きだった」「映像の世界で自分を試してみたかった」と語っていて、モデル活動がゴールではなかったことがよくわかります。
演技の世界に飛び込むために、しっかりと準備を始めていたんですね。
さらに高校時代もずっと続けていたのが、英語の勉強。
中学時代にトロントやソールズベリーで短期留学を経験してからというもの、語学への熱は冷めることがなかったようです。
高校でも英語の授業には特に力を入れていて、また留学にも行っているんです。
その情熱は「英語を話せるようになれば、映画の字幕を追わずにストーリーを“観る”ことに集中できる」という思いからきているんだとか。
「好きな映画を、もっと深く楽しみたい」
「世界中の人と直接話してみたい」
そんなシンプルでまっすぐな気持ちが、彼女の語学力や演技力のベースになっているのかもしれません。
ちなみに、英語の発音の良さやセリフ回しの自然さは、のちの出演作品でも高く評価されるポイントになっています。
モデル、演技、英語——
織田梨沙さんの高校時代は、まさに“種まき”の時期だったんですね。
レイクランド大学ジャパンキャンパスでの女優デビュー

高校卒業後、モデルとしての道を歩んでいた織田梨沙さんが選んだ進学先は、ちょっとユニークな大学でした。
東京都新宿区にある「レイクランド大学ジャパンキャンパス」。
この学校での学びが、彼女の女優としての第一歩を踏み出す舞台にもなっていくんです。
レイクランド大学は、アメリカのウィスコンシン州に本校がある大学。
その日本校が「ジャパンキャンパス」として1991年に開校しました。
この大学、実はちょっと珍しい特徴があるんです。
1〜2年生までは日本で学び、3年生からアメリカ本校に“正規編入”することができるシステム。
織田さんのように英語が得意な人にとっては、ぴったりの環境だったかもしれません。
当時、すでに英語への関心が強かった彼女。
だからこそ、「本格的に語学を学べる環境」を求めてこの大学を選んだのかもしれませんね。
「英語を勉強するなら、ちゃんと環境も整えたい」
そんな思いが伝わってくるような選択です。
そしてこの大学生活の中で、織田さんの中にあった“女優になりたい”という気持ちが、ついに現実へと動き出します。
大学1年生だった2014年。
彼女は映画『ほったまるびより』で、いきなり主演としてスクリーンデビューを果たすことになるんです。
「秘密」のヒロイン抜擢で見せた存在感と演技力
女優としての転機となったのが、2016年に公開された映画『秘密 THE TOP SECRET』。
監督は、大友啓史さん。
『るろうに剣心』『龍馬伝』などを手がけた名監督です。
そんな大友監督のオーディションに、織田梨沙さんは挑戦。
そしてなんと、ヒロインに大抜擢されます。
実はこのとき、演技のオーディションはまだほとんど経験がなかったんです。
それでも、大友監督は彼女を見てこう語っています。
「もどかしさや恥ずかしさ、不安、演じる喜びと楽しさを、オーディションの時全て見せていました。
目の離せない存在感があった。忘れられないほど魅力的でした」
そんなふうに言われるなんて、本当にすごいことですよね。
一方の織田さん自身は、「何が良かったのか全然わからなかった」とコメント。
緊張すると手汗が出るし、声が震えるし、涙まで出てしまうタイプだと話していました。
実際、オーディション中に演技をしながら泣いてしまったそうなんです。
でも、きっとその“ありのままの姿”が、逆に監督の心をつかんだのかもしれません。
そしてこの作品をきっかけに、彼女の女優としての道は一気に加速。
自然体でいながら、どこかミステリアスな雰囲気を持つ織田さんの存在は、映画関係者の間でも注目の的になっていきます。
大学での学びと、演技への挑戦。
この時期の経験が、彼女を“本物の女優”へと成長させていく大きな一歩だったんです。
「精霊の守り人」「コンフィデンスマンJP」で注目の女優に
大学在学中に映画デビューを果たした織田梨沙さんですが、女優としての本格的な活躍は大学卒業後に一気に加速していきます。
初主演から数年、彼女はドラマや映画の現場でぐんぐん存在感を発揮し、いまや“見つけたら注目”の女優のひとりになっています。
レイクランド大学ジャパンキャンパスを卒業後、彼女は女優業に本腰を入れていきます。
最初の大きなステップは、NHKの大型ドラマシリーズ『精霊の守り人』への出演。
主演は綾瀬はるかさん。豪華キャストが揃う中で、織田さんは新米の呪術師“トリーシア”役を演じました。
まだ駆け出しの頃にもかかわらず、連続ドラマにレギュラー出演というのはすごいこと。
これまでの演技経験や、どこか神秘的な雰囲気を持つ彼女の魅力が、役にピタッとはまった印象でした。
続いて話題になったのが、2019年の映画『コンフィデンスマンJP -ロマンス編-』。
長澤まさみさん主演の大ヒットドラマの劇場版で、織田さんは“スタア”という名の重要キャラクターを演じています。
この“スタア”、名前の通り謎めいた存在。
誰なのか、どんな目的なのか、物語が進むにつれて明かされていくキーとなる役柄です。
織田さんの持つ静かで芯のある演技が、この役と見事にシンクロしていました。
しかも、大人気シリーズの劇場版というプレッシャーの中で堂々とした演技を見せたのは、さすがの一言。
「誰だこの女優さんは?」と、映画を観て気になった人もきっと多かったはずです。
モデル時代からずっと磨いてきた表現力と、英語や留学で培った感性。
そのすべてが、卒業後の織田梨沙さんの女優としての飛躍につながっていったんですね。
ちょっと他の人とは違う。
そんな独特の空気感が、話題作に求められる“特別な役”にぴったりなんです。
これからどんな作品でまた私たちを驚かせてくれるのか、ますます楽しみですね。
まとめ
- 子どもの頃から表現に触れ、高校でモデル活動をスタート
- 英語への情熱が留学や大学選びにもつながった
- 大学在学中に女優デビューし、話題作で存在感を発揮
織田梨沙さんの歩みを振り返ってみると、どのステージでも「好きなことに素直に向き合ってきた」姿勢が感じられます。
バレエやフラダンス、英語、モデル、演技。どれも彼女自身が興味を持ち、夢中になって取り組んできたものばかり。
その積み重ねが、いまの自然体で芯のある女優・織田梨沙をつくっているんですね。
これからどんな役に出会い、どんな顔を見せてくれるのか——その成長を見守るのが、楽しみでなりません。


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