村瀬紗英さんって、どんな学生だったんだろう?
アイドルやモデルとして知られる今の姿からは、なかなか想像できないかもしれませんよね。
この記事では、彼女の学歴と経歴を詳しくまとめています。
中学や高校時代のこと、NMB48に入る前の話もちょこっとご紹介。
ちょっと気になる…そんな方にぴったりの内容です。
村瀬紗英のプロフィール
- 名前:村瀬 紗英(むらせ さえ)
- 生年月日:1997年3月30日
- 年齢:28歳(2026年1月現在)
- 出身地:大阪府
- 身長:159.5cm
- 血液型:A型
- 職業:タレント、女優、ファッションモデル
- 活動開始年:2011年(NMB48第2期生としてデビュー)
- 元所属グループ:NMB48(2011年~2020年に卒業)
幼少期〜小学生時代:音楽とスポーツに親しんだ日々

今や女優やモデルとして活躍する村瀬紗英さんですが、その原点は大阪・茨木市で過ごした幼少期にありました。
勉強よりも体を動かすことが好きで、じっとしているよりは何かに夢中になっていたタイプ。
小学生の頃から、すでに「好きなことをとことん突きつめる」性格が見えていたようです。
当時のエピソードを知ると、「ああ、なるほどね」と今の彼女の芯の強さに納得するかもしれません。
小さな頃から家族との時間も大切にしていたそうで、特にお母さんの存在が、彼女の人生に大きな影響を与えていたようですよ。
ギターとバドミントン、二つの「はじめて」

村瀬さんは、お母さんが昔ガールズバンドをやっていたというちょっと素敵な家庭環境だったんです。
その影響もあって、紗英さんは自然とギターに興味を持ち、自宅で母親から手ほどきを受けながらコードを覚えていきました。
なんか、ほっこりしませんか?
「家で母とギターを弾いてた」なんて、まるで映画のワンシーンみたいです。
さらに、ピアノも習っていたというから驚き。
バドミントンを始めたのは、小学校5年生のとき。
きっかけは明かされていませんが、「気づいたら夢中になってた」くらい自然に生活の一部になっていたそうです。
友達と打ち合ったり、放課後の体育館で汗を流したり。
バドミントンって簡単そうに見えて、意外とスタミナも集中力も必要なんですよね。
そんなスポーツにハマったというのも、負けず嫌いな性格の表れだったのかもしれません。
運動もできて、音楽のセンスもあるなんて、まさに多才。
この頃の経験が、のちのNMB48での表現力やリズム感につながっていったのは間違いないでしょう。
スポーツと音楽という異なる世界に、幼い頃から同時に触れていたこと。
それが、村瀬紗英という“表現者”の土台を作ったように思えます。
そして何よりも、どちらも「楽しいからやってた」っていうシンプルな動機が、彼女らしいですよね。
この頃すでに、「自分の感覚を信じて動く力」が芽生えていたのかもしれません。
中学生時代:モデル志望からNMB48加入へ

運動と音楽に親しんでいた小学生時代を経て、村瀬紗英さんは中学生になると、また新しい夢に向かって動きはじめます。
それが「ファッションモデル」という世界でした。
大阪府茨木市立天王中学校に通っていた村瀬さんは、放課後にバドミントン部の活動を頑張りながらも、心のどこかで「ステージに立ちたい」という気持ちが強くなっていったそうです。
この頃から、少しずつ“芸能の道”を意識し始めていたんですね。
とはいえ、いきなりアイドルになるわけではなく、最初はモデルとしての道を目指していたんです。
今の洗練されたビジュアルと表情の作り方を見ると、「ああ、やっぱり最初はモデル志望だったんだな」と納得しちゃいますよね。
ラブベリー最終審査と藤田ニコルとの出会い

中学1年生のとき、村瀬さんはローティーン向けの人気ファッション誌『ラブベリー』の専属モデルオーディションに応募します。
実はこのオーディション、小学6年生の時にすでに応募していて、なんと最終審査まで残ったんです。
結果的には合格には至らなかったのですが、会場では同年代のモデル志望の子たちがたくさんいて、かなり刺激を受けたようです。
このとき一緒に最終選考に残っていたのが、なんと藤田ニコルさん、松井愛莉さん、池田エライザさんといった、今では誰もが知る有名モデルたち。
村瀬さん自身も「あのときの写真、まだ持ってると思う」と語っていて、彼女にとっても特別な経験だったことが伝わってきます。
「みんなは私のこと覚えてないと思うけど(笑)」というコメントも、なんだかリアルで微笑ましいですよね。
この経験が、彼女の中の“表現したい気持ち”に火をつけたのは間違いありません。
NMB48第2期生オーディション合格と研究生スタート

そして中学3年生の2011年、村瀬紗英さんは運命の転機を迎えます。
NMB48の第2期生オーディションに応募し、見事合格!
このとき、すでにAKBグループが社会現象的な人気を誇っていた中で、NMB48も大注目されていました。
応募のきっかけは、お父さんが「こういう仕事、向いてるんじゃないか」と背中を押してくれたこと。
もちろん本人もアイドルが大好きで、夢に向かって一歩踏み出すことを決意したそうです。
ただ、ダンス経験はゼロ。
最初は振り付けのレッスンについていくのも一苦労だったとか。
それでも、あきらめずに食らいついていく姿勢は、この頃からしっかりと持っていたんですね。
そして努力が実を結び、中学を卒業する直前の2012年1月には、正規メンバーへの昇格が決定。
研究生という下積みを経て、着実に階段を登っていったんです。
こうして村瀬紗英さんの“アイドル人生”が、静かにスタートを切りました。
地元・大阪で育った普通の中学生が、自分の夢を信じて動き出した瞬間。
その一歩が、彼女の未来を大きく変えていくことになります。
高校時代:NMB48との両立と選抜入りまでの苦悩

NMB48としての活動が本格化するなか、村瀬紗英さんは高校生活とアイドルの両立に挑戦することになります。
学業、仕事、そして思春期という多感な時期。
想像するだけでも大変そうですが、実際のエピソードを聞くと「これは本当にすごいな」と感じずにはいられません。
華やかなステージの裏で、彼女は静かに葛藤と向き合っていました。
誰もが簡単に口にする“夢を追いかける”という言葉の重さを、村瀬さんはこの時期にしっかりと噛みしめていたのかもしれません。
大阪薫英女学院高校での学生生活
村瀬紗英さんが通っていたのは、「大阪薫英女学院高校」。
スポーツが盛んで、特に陸上部が全国大会の常連という有名校です。
偏差値はコースによって異なり、46〜59と幅があります。
どのコースに通っていたかは明かされていませんが、芸能活動をしながら通える柔軟な校風がポイント。
実際、NMB48の山本彩さんや渡辺美優紀さんもこの学校の卒業生です。
村瀬さんはラジオ番組で「私立の女子校に通っていた」と語っており、芸能活動に理解がある環境を選んだことがわかります。
ただ、順風満帆だったわけではありません。
仕事が忙しすぎて、なかなか学校に通えなかった時期もあったそうです。
クラスメイトと距離ができてしまい、馴染めないまま時間だけが過ぎていく。
修学旅行で少し打ち解けたものの、また通えなくなってしまって、再び距離ができてしまった――そんなエピソードも。
でも、「テスト前にノートを貸してくれたりして、助けてもらった」と語っていて、支えてくれる存在がいたことが救いだったんでしょうね。
ちなみに通学は、お父さんの車で送り迎えしてもらっていたとのこと。
多忙なスケジュールの中でも娘をサポートしてくれる家族の存在が、とても心強かったんじゃないでしょうか。
高校2年で選抜入りと「卒業」の葛藤
NMB48の2期生として加入してから、選抜メンバーに入るまでにかかった時間は約1000日。
その数字だけでも、どれほどの苦労があったのか伝わってきますよね。
高校2年の2014年3月、ついに9枚目シングル『高嶺の林檎』で初めて選抜入りを果たします。
センターは山本彩さん。
ようやく努力が報われた瞬間でしたが、そこにたどり着くまでには、心が折れそうなことも何度もあったそうです。
「一度だけ辞めようと思ったことがある」
とインタビューで語っていて、その理由は“なかなか選抜に入れなかった”こと。
選ばれない日々が続く中で、「このままでいいのかな?」と不安になってしまった時期があったんですね。
しかもちょうどその頃、進学についても悩んでいたんです。
大学に行くべきか、それとも芸能の道に専念するか。
きっと、クラスメイトたちが将来の話をするたびに、自分の進む道について深く考えていたんじゃないでしょうか。
結果的に、彼女はそのままアイドルとしての道を選び、選抜メンバーとして活躍していくことになります。
ひとつの選択が、未来を大きく動かす。
そんな瞬間を、村瀬紗英さんは高校2年生という若さで迎えていたんです。
高校卒業後:進学を断念し芸能活動に専念

高校生活を終えた村瀬紗英さんは、多くの同級生たちが進学していく中で、「大学に行かない」という大きな決断を下します。
それは、アイドルとしての未来にかける覚悟のあらわれでもありました。
高校卒業後の進路って、誰にとっても悩ましいテーマですよね。
友達が受験勉強をしているなか、自分だけ違う選択をするのって、けっこう勇気がいります。
村瀬さんも例外ではなく、進学についてはギリギリまで担任の先生と相談を重ねていたそうです。
「本当にこのままでいいのかな」と、自分に問い続けた時間があったんですね。
でも最終的に彼女が選んだのは、“学業”ではなく“現場”。
大学には進学せず、芸能の道に全力を注ぐことを決意しました。
ラジオ番組『NMB48学園』でも、「もしNMBに入ってなかったら大学に行ってた」と明かしていて、当初は進学も視野に入れていたことがわかります。
でも、「今しかできないことをやる」と決めたその一歩が、次のステージへとつながっていったんです。
進路に悩んだ末の決断と広がる活躍の場
進学を断念したからといって、迷いがゼロだったわけではありません。
むしろ、選抜に入れるようになってきたタイミングだからこそ、迷いは大きかったはず。
大学での学びも、きっと魅力的だったと思います。
だけど村瀬さんは、いま目の前にあるNMB48での活動を「チャンス」と捉えました。
その後の彼女の活躍ぶりを見ると、「あのときの決断は間違ってなかった」と思えるんじゃないでしょうか。
高校卒業後は、ラジオやバラエティ番組、麻雀番組など、活動の幅が一気に広がっていきます。
特に『NMB48村瀬紗英の麻雀ガチバトル』ではMCも務めていて、「アイドル=歌とダンス」だけじゃない存在感を発揮。
この番組で見せた飾らないキャラクターやトーク力が、ファン層をさらに広げるきっかけになったんです。
また、絶対的エースだった山本彩さんの卒業後、グループ内での期待もますます大きくなっていきました。
表舞台で注目されるだけじゃなく、裏方として番組を引っ張る役割も担うようになっていく。
高校卒業のときに自分で選んだ「進まない道」ではなく、「自分で切り開く道」を歩き始めた――そんな印象を受けますよね。
夢を叶えるって、こういう決断の連続なのかもしれません。
NMB48卒業と現在:多方面での新たな挑戦
長年所属していたNMB48を卒業した村瀬紗英さんは、グループ活動から離れたことで、より自由な表現の場を手に入れました。
モデル、女優、インフルエンサーとして、次々に新しいフィールドへと挑んでいく姿が、ファンの心を引きつけています。
アイドルという枠を越えて、“村瀬紗英”という名前が一人のタレントとして浸透しはじめたのが、まさにこの時期です。
これまで積み上げてきた経験や努力が、ようやく自分のスタイルで花開いた感じ、ありますよね。
NMB48を卒業した後も、その勢いは止まりません。
ファッションブランドとのコラボ、イベント出演、テレビ番組、SNS発信など、多方面にわたって活躍の場を広げています。
グループにいた頃とはまた違った魅力が、どんどん表に出てきていて、これからの活動にもワクワクせずにはいられません。
PRODUCE48出演と韓国での注目
村瀬紗英さんの転機のひとつといえるのが、2018年に出演した韓国のオーディション番組『PRODUCE48』への参加です。
この番組、知ってる方も多いかもしれませんが、日韓のアイドル志望者が集まり、デビューを目指して競い合う超大型プロジェクト。
AKBグループのメンバーも多数参加していた中、村瀬さんも自らの意思で挑戦しました。
韓国語も文化もまったく違う中でのチャレンジ。
それって、簡単な気持ちではできないことですよね。
彼女はこの番組を通じて、韓国のファン層にも知られるようになり、InstagramなどのSNSには韓国語のコメントも多く寄せられるように。
現地メディアでも「ビジュアルが韓国受けする」と注目されたほどです。
グローバルな舞台に飛び込んだことで、彼女の“見せ方”にも変化が出てきました。
スタイリング、メイク、表情の作り方——どれもより洗練されて、モデルとしての一面がぐっと引き立つようになったんです。
しかも、韓国ファッションとの相性が抜群で、現地ブランドとのつながりもでき始めている様子。
まさに、日本と韓国、2つの市場をまたいで活躍できる存在となりました。
大韓民国文化芸能大賞2024で日本人唯一の快挙
2024年1月10日、韓国・ソウルで開催された『大韓民国文化芸能大賞』に、村瀬紗英さんが登壇しました。
この授賞式は、K-POP・映画・テレビ・舞台など、韓国国内外の幅広いエンタメ分野で活躍した人物に贈られる、歴史ある大規模なアワード。
過去にはBTSや東方神起、少女時代も名を連ねてきた、まさに“スターの登竜門”といわれる場所なんです。
その場で村瀬さんは、日本人で唯一の受賞者として「スター賞」を受賞。
しかも、韓国語でスピーチを披露し、現地の観客から温かい拍手を浴びたそうです。
彼女はその場で「日韓合同制作の作品に俳優として出演するのが目標」と語り、これからの展望をしっかりと届けていました。
言葉の壁を越えて、自分の想いを伝えようとする姿勢、本当にかっこいいですよね。
まとめ
- 幼少期から音楽とスポーツに親しみ、表現力の土台を築いた
- 中学生でモデルを志し、NMB48に加入して夢をカタチに
- グループ卒業後は多方面で才能を発揮し、韓国でも注目を集めている
村瀬紗英さんの歩みをたどってみると、「好きなことに素直に向き合う強さ」が一貫している気がします。
子どもの頃に夢中になったバドミントンやギター、中学でのオーディション挑戦、そしてアイドルとしての努力の日々。
どの瞬間も、彼女なりに迷って、悩んで、それでも前に進んできたんですよね。
高校卒業後の進路の選び方も、NMB48卒業後の広がる活躍も、「自分で決めたからこそ輝いてる」って感じがします。
これからも、村瀬紗英さんらしく、軽やかに新しい世界へ飛び込んでいってくれるはずです。


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