生駒里奈さんがどうやって“乃木坂の顔”と呼ばれる存在になったのか、気になりませんか?
実は、彼女のこれまでの歩みには、意外な苦労や迷いがたくさんありました。
この記事では、小学生時代から現在までの学歴や経歴を、エピソードを交えてわかりやすく紹介しています。
知られざる一面を知れば、きっと生駒里奈さんのことがもっと好きになるはずです。
生駒里奈のプロフィール
- 名前:生駒 里奈(いこま りな)
- 生年月日:1995年12月29日
- 年齢:30歳(2026年1月現在)
- 出身地:秋田県由利本荘市
- 血液型:AB型
- 身長:153cm
- 所属グループ:乃木坂46(1期生、元メンバー)
- 卒業時期:2018年4月、乃木坂46を卒業
- 現在の活動:女優・タレント・YouTuber(IKOMACHANNEL運営)
秋田県で育った小学校時代

生駒里奈さんの通っていたのは由利本荘市立尾崎小学校
秋田県由利本荘市で生まれ育った生駒里奈さん。
今ではアイドルや女優としての華やかなイメージが強いですが、実は彼女の子ども時代は、決して順風満帆ではありませんでした。
特に小学校時代には、思わず胸がギュッとなるような経験をしています。
そんな彼女が通っていたのが、「由利本荘市立尾崎小学校」。
ただし、生駒さんがこの学校に通い始めたのは、小学3年生になってからでした。
実は、それ以前は別の小学校に通っていたんです。
引っ越しや家庭の事情などで転校することって、けっこうありますよね。
でも、子どもにとって「新しい環境」って想像以上に大きなストレス。
生駒さんもその転校によって、少しずつ心の中に影を抱えるようになっていきます。
彼女が後に語ったように、「あの頃はまるで、自分の居場所がなかった」
そんな風に感じていた小学生時代だったそうです。
転校先での孤独
転校してきた生駒さんを待っていたのは、想像以上に厳しい現実でした。
当時のクラスでは、いわゆる「スクールカースト」のような空気ができあがっていて、
生駒さんはその中で一番下の立場に置かれてしまったといいます。
「なんとなく目立たない子」や「ちょっと違う子」が、無意識にターゲットにされる。
そういう空気、なんとなく想像できますよね。
生駒さんも、その例に漏れず、いつの間にか周囲から浮いてしまったんです。
特に小学校5年生の頃からは、人間関係のトラブルが本格化していきました。
無視されたり、ロッカーの荷物がわざと床に散らかされていたり…。
そのたびに、「これ以上学校に荷物を置いておけない」と思い、毎日大量の荷物を持ち帰るようになったそうです。
ランドセル以外に、終業式レベルの荷物を毎日持ち歩くなんて、想像できますか?
それでも彼女は、学校を休むことはなかったんです。
「お母さんを悲しませたくない」という思いだけで、教室ではなく図書館でひとり過ごす日々。
物語の世界に逃げ込むことで、自分を守ろうとしていたのかもしれませんね。
大人になると忘れてしまいがちだけど、小学生にとって「居場所がない」と感じるのは、本当に苦しいこと。
それでも生駒さんは、自分なりの方法でその苦しさと向き合っていました。
「小学校時代は、いい思い出が1mmもない」
彼女のこの言葉には、当時の痛みや孤独がしっかりと詰まっています。
自分らしさを取り戻した中学時代

生駒里奈が通っていたのは本荘南中学校
小学校時代に深い孤独を感じていた生駒里奈さんにとって、中学に進学したことはまるで空気が変わるような出来事だったそうです。
ここで彼女は、大きな転機となる“音楽”と出会います。
中学では、吹奏楽部に入部。
きっかけは、小学校時代に通っていたダンススクールの先輩がその部にいたからなんだとか。
なんとなく流れで選んだ部活かもしれませんが、これが彼女の中で「自分を出せる場所」になっていきます。
担当していたのは、ドラムやマリンバなどのパーカッション。
なんと中学3年生のときには、東北大会で銀賞を獲るまでに成長します。
すごくないですか?
ただの趣味や部活では終わらせず、ちゃんと結果を出してるんです。
それまで他人の目が気になって、自信を持つことが難しかった彼女が、ステージの上で堂々と演奏する姿を想像すると、ちょっと胸が熱くなりますよね。
音楽に打ち込むことで、少しずつ自分を認められるようになった。
そんな時間を過ごしていたのが、この中学時代でした。
吹奏楽部での活躍と大親友との出会い
生駒さんにとって、もうひとつ中学時代の大きな救いだったのが「親友の存在」です。
ある日、教室で前の席にいた女の子が突然振り返って、こう話しかけてきたんだとか。
「ねえ、メイド服ってかわいいよね」
……すごいですよね、このセリフ。
でも生駒さんにとっては、これが“運命の一言”だったそうです。
というのも、彼女も同じようにメイド服や漫画・アニメが好きで、「あ、この子とは気が合うかも」と思ったんですって。
そこから一気に仲良くなって、今でも続くような“かけがえのない関係”が生まれました。
小学校時代に味わった「ひとりぼっち」の寂しさが、この中学生活で少しずつ癒されていったんでしょうね。
ちなみに、生駒さんが漫画にどっぷりハマったのもこの頃。
友達にすすめられて読んだ『銀魂』がきっかけで、漫画愛に火がついたんです。
なんと、自宅には1000冊以上の漫画があるんだとか。
その中でも特にお気に入りなのが『NARUTO』で、本人いわく「人生のバイブル」なんだそう。
好きなことに夢中になれる時間。
気の合う友達と笑い合える日々。
そして、自分の居場所があると感じられる空間。
本荘南中学校での3年間は、生駒里奈さんにとって“自分らしさを取り戻す”大切な時間になったようです。
高校進学と乃木坂オーディション

生駒里奈さんが通っていたのは秋田県立西目高校と日出高校
中学時代に自分を取り戻した生駒里奈さんですが、高校生活はまた少し違った空気が流れていました。
彼女が進学したのは、秋田県立西目高校。
1942年開校の県立校で、部活動が盛んな地域密着型の学校です。
ただ、そこでの高校生活は、あまり楽しいものとは言えなかったようです。
中学では親友もできて、部活も楽しく、漫画にも夢中になっていた彼女。
ところが、高校に入るとその空気が一変します。
「ヤンキーが多くて、なじめなかった」
そんな風に、生駒さん自身が後に語っているように、高校ではクラスに馴染めず、また孤独を感じる日々が続きました。
中学時代の親友とも別々の進路になってしまい、部活にも入らず、気づけばまた「教室でひとり」という状態に。
でもね、そんな中でも彼女が唯一ずっと続けていたことがあるんです。
それが“ダンス”。
小学生の頃から習っていたダンスだけは、高校でも辞めずに続けていました。
きっと、踊っているときだけは、自分らしくいられたんでしょうね。
スクールカーストからの転機と芸能界への挑戦
そんな彼女に、大きな転機が訪れます。
きっかけは、お父さんのひとことでした。
「乃木坂46っていうアイドルグループのオーディション、受けてみたらどうだ?」
その頃、生駒さんは「高校に行きたくない」「この場所から逃げ出したい」と思っていた時期。
そんな彼女にとって、そのオーディションはまるで“逃げ道”のように感じられたそうです。
実はそのとき、アイドルに興味はまったくなかったんですって。
でも「ダンスができるかもしれない」「今の場所から変われるかもしれない」
そんな思いから、乃木坂46の1期生オーディションに応募します。
そして…なんと、見事合格!
当時は秋田在住だったため、最初の1か月間は秋田から東京まで新幹線で通い、土日のたびに片道4時間半、さらに駅から自宅まで車で1時間かけて帰るという生活。
1回のレッスンのために、往復10時間もかけて通っていたというから、相当な覚悟です。
この合格を機に、高校1年生の夏、生駒さんは上京。
そして、東京の「日出高校」(現在の目黒日本大学高校)の芸能コースに転校します。
ちなみに、乃木坂メンバーの伊藤寧々さんとはこのときの同級生だったんですよ。
その後、芸能活動が本格化してきたことで、日出高校の通信制課程に転籍。
学校に通いながら、芸能活動と向き合う毎日が始まりました。
高校時代、彼女は自分の居場所を探してもがいていました。
でも、そのもがきの中で一歩踏み出し、「表現すること」「パフォーマンスすること」を選んだ。
それが、のちの生駒里奈という存在をつくっていく、最初の一歩になったんです。
乃木坂46の中心メンバーとしての青春
乃木坂46の1期生オーディションに合格し、秋田から上京してきた生駒里奈さん。
彼女の“第二の青春”は、まさにこの瞬間から始まりました。
ただのスタートではなく、いきなりグループの“顔”として注目を浴びることになるんです。
乃木坂46の結成当初、生駒さんはまだ高校1年生。
ダンスが好きという気持ちだけで飛び込んだ世界に、思った以上のプレッシャーが待っていました。
「アイドルってキラキラしてるだけじゃないんだな」
彼女のその言葉には、重みがありますよね。
上京してからの生活も、決して楽なものではありませんでした。
最初の1か月間は、秋田から新幹線で東京へ通い、片道4時間半、家から駅までは車で1時間。
つまり、1日10時間も移動に使っていたというから、驚きです。
そんな生活の中で迎えたのが、グループのデビュー。
しかも、生駒さんはその“センター”に選ばれたんです。
デビューシングルから5作連続センターを務めた日々

2012年2月、乃木坂46は「ぐるぐるカーテン」でメジャーデビュー。
そのセンターに抜擢されたのが、当時16歳の生駒里奈さんでした。
知ってました?
実はこのとき、グループ内での“序列”はまだあいまいだったにもかかわらず、いきなりセンターに選ばれるのは、相当異例なんです。
このデビューシングルの1列目には、生田絵梨花さんや星野みなみさん、2列目には白石麻衣さん、3列目には西野七瀬さんや齋藤飛鳥さんなど、今では誰もが知るメンバーが名を連ねていました。
そんな中でセンターに立つというのは、期待と同時に大きな重圧もあったはず。
実際、生駒さんは「センターにふさわしくない」などと心ない言葉を浴びせられ、人知れず傷ついていたとも語っています。
でも、それでも彼女は踏ん張った。
2枚目「おいでシャンプー」
3枚目「走れ!Bicycle」
4枚目「制服のマネキン」
5枚目「君の名は希望」
これらすべてで、センターを務めました。
わずか1年足らずの間に、5作連続センターという大記録。
しかも、いずれもグループの人気を押し上げる重要なシングルばかりです。
とはいえ、彼女にとってその日々は「夢中で走り続けた」時期だったようです。
遊ぶ暇なんてなかったし、買い物や友達との放課後もほとんどなかった。
「アイドル」という存在に、まっすぐ向き合いすぎて、逆に苦しくなってしまうこともあった、と振り返っています。
それでも、生駒里奈さんは逃げなかった。
どんなに自分に自信が持てなくても、前に立ち続けた。
それこそが、彼女が乃木坂46というグループの“顔”として愛された理由なのかもしれません。
卒業後の選択と現在の活動
乃木坂46の中心メンバーとして駆け抜けた生駒里奈さん。
その後、2018年にグループを卒業するという大きな決断を下します。
当時はまだ22歳。若さゆえの勢いではなく、彼女なりに真剣に「これから」を考えたうえでの選択でした。
「このままでは足りないと思った」
「もっと自分を高めたい」
卒業に際して語られたこの言葉には、強い覚悟がにじんでいます。
センターとしてたくさんの注目を浴び、紅白歌合戦にも出場し、AKB48との兼任も経験して、ある意味“やりきった”とも言える立場。
それでも生駒さんは、自分の殻を破りたかったんです。
守られたグループの中ではなく、一人の表現者としてやっていけるのか——
その答えを、自分の足で探しに行くための卒業でした。
卒業後は、舞台・ドラマ・バラエティなどさまざまな分野で活動を展開。
2020年には自身のYouTubeチャンネル「IKOMACHANNEL」も開設し、等身大の姿を発信する場所として、ファンとの新しいつながりもつくっています。
ちなみに、チャンネル開設からわずか数か月で登録者数は10万人を突破。
アイドル時代とはまた違った「素の生駒里奈」が見られると話題になりました。
演技の面でも着実にステップを踏んでいて、舞台『暁のヨナ』では主人公・ヨナ役を演じるなど、本格派の女優としての顔も見せています。
センターの重圧に耐えた彼女だからこそ、舞台の真ん中に立ってもブレない。
そんな芯の強さが、今も生きているように感じますよね。
女優・タレントとして再出発し続ける理由
それにしても、なぜ生駒さんは「再出発」を選び続けるのでしょうか。
その理由は、彼女のこれまでの歩みを振り返ると、自然と見えてきます。
小学生のときに人間関係に悩んでも、学校を休まず通い続けた。
中学では音楽と友だちに救われ、自分を出せるようになった。
高校では居場所がなくても、乃木坂オーディションに飛び込んだ。
アイドル時代には、批判にも耐えてステージの真ん中に立ち続けた。
生駒さんって、どんなときも「自分をあきらめない人」なんです。
たとえ周りから見えにくくても、たとえ自信がなくても、“もっと前に進みたい”っていう気持ちをずっと持ち続けてきた。
だからこそ、乃木坂を卒業してからも、女優として、タレントとして、クリエイターとして、新しい表現にチャレンジし続けているのかもしれません。
もしかしたらアイドル時代よりも、今のほうがずっと「生駒里奈らしい」毎日なのかも。
自分で決めて、自分で動く。そんな自由さと責任を手に入れた彼女の活動は、まだまだ続きそうです。
まとめ
- 生駒里奈さんは、小学校時代に孤独を抱えながらも、強く生きてきた
- 中学・高校を通じて「表現すること」に目覚め、乃木坂46で開花
- 卒業後も、女優・タレントとして挑戦を続け、自分らしい道を歩んでいる
生駒里奈さんのこれまでの歩みは、まさに「自分をあきらめなかった人」の物語でした。
転校先での孤独、居場所がなかった高校生活、センターとしての重圧。
決して順調な道のりではなかったけれど、そのたびに彼女は自分の力で進む道を切りひらいてきました。
今も、舞台や映像、YouTubeなど新しいフィールドで挑戦を続けている生駒さん。
アイドル時代とはまた違った形で、彼女の魅力はどんどん広がっています。
「もっと前に進みたい」――その気持ちが、彼女の原動力なんでしょうね。


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