井上咲楽さんって、テレビで見る限りいつも元気で順調そうに見えるけど、学生時代はどんな感じだったんだろうって思いませんか?
実は、けっこう波乱万丈な道のりを歩んできたんです。
でも、そんな挫折があったからこそ、今の大河ドラマ出演やレシピ本受賞といった活躍につながっているのかもしれませんね。
この記事では、幼少期から高校での学生生活、そして15歳のデビューから現在までの経歴を時系列でまとめて、咲楽さんの意外な素顔をお伝えします。
井上咲楽のプロフィール
- 名前: 井上咲楽(いのうえ さくら)
- 生年月日: 1999年10月2日
- 年齢: 26歳(2026年時点)
- 出身地: 栃木県芳賀郡益子町
- 血液型: A型
- 身長: 151cm
テレビで見かけるあの元気な笑顔。
実は、そこには栃木県の田舎町で育まれた土着的なエネルギーがあるんです。
井上咲楽さんは、1999年10月2日に生まれました。
今でこそ東京を拠点に活動していますが、出身は栃木県芳賀郡益子町という陶器で有名な場所。
芳賀郡って聞くと、ちょっと都会から離れたイメージありませんか?
実際、益子町は人口約1万人ほどの小さな町で、周りには山が広がっていて、自然豊かな環境なんですよ。
そんな場所で生まれ育った咲楽さんは、現在26歳。
血液型はA型で、身長は151cm。
小柄な体に詰まったエネルギーが、今の活躍につながっているんですね。
4人姉妹の長女 田舎育ちの家族構成と幼少期
咲楽さんの家庭は、4人姉妹の長女だったんです。
上から順に咲楽さんで、その下に妹が3人いる構成。
田舎の小さな家で4人の女の子が育つって、想像しただけで賑やかですよね。
実際、本人もインタビューで「家では常に誰かがしゃべっている状態だった」と語っていて、そういう環境が今のトーク力の基礎になっているみたいです。
益子町は陶器の町として知られていて、子供の頃から工房巡りとか、自然の中で遊ぶ機会が多かったそう。
都会の喧騒を知らない純朴な環境で育ったからこそ、あの無垢で天真爛漫な性格が形成されたんじゃないかなって思います。
益子町立田野小学校から茂木高校までの学歴遍歴

咲楽さんの学生時代を辿ってみると、地元栃木の公立学校を一貫して通ったことがわかります。
テレビで見るとキラキラしているから、意外に感じる人も多いかもしれません。
でも、地元での普通の学校生活があったからこそ、今の人懐っこさや飾らないキャラクターが生まれたのかな、なんて想像しちゃいますよね。
小学校は益子町立田野小学校、その後、益子町立田野中学校へ進学し、高校は栃木県立茂木高等学校に進んだと言われているようです。
益子町から最寄りの公立高校ということで、地元の友達と一緒に通学していたんでしょうね。
毎日の通学路が自然に囲まれた道だったって話を聞くと、なんか羨ましい気持ちもあります。
都会の電車通学とは全然違う、のどかな学生時代を過ごしていたんですよ。
栃木県立茂木高等学校での苦労
栃木県立茂木高等学校は偏差値49程度の県立高校だと言われているようです。
特別な進学校というわけではなく、ごく普通の公立高校。
でも、その学校で咲楽さんは、芸能活動と学業の両立に大変な苦労をしたんです。
実は2015年に芸能界デビューしてから、茂木高校に通いながら活動していたんですけど、単位が取れなくて補習を受けたり、卒業式は一人だけ遅れて行ったりと、なかなか波乱万丈な高校生活でした。
本人もインタビューで「普通の高校生活は送れなかった」と語っていて、でもその経験が逆に今の気の強さや、物事を前向きに捉える力につながっているのかもしれません。
田舎の公立高校出身で今の活躍をしているって、なんか夢がありますよね。
ホリプロスカウトキャラバン ソフトバンク賞で芸能界デビュー
芸能界に入る決定的なきっかけは、2015年の「第40回ホリプロタレントスカウトキャラバン」です。
じつは中学1年生のころから、家族や友達に「芸能人になりたい」と公言していたそうなんですが、当時は東京までの交通費もきつくて、なかなかオーディションに挑戦できなかったんだとか。
そんな中で挑んだホリプロのオーディションで、9月23日の決選大会に進出し、ソフトバンク賞を受賞して見事デビュー。
15歳の高校1年生での出来事でした。
この時の受賞が、今の咲楽さんのすべての始まりなんです。
一人漫才とMr.ビーンものまね ”お笑いセンス”でつかんだチャンス
決選大会で咲楽さんが披露したのは、一人漫才とMr.ビーンのものまね。
まあ、一発芸ですよね。
実は、ものまねが得意だったんですよ。
この時の審査員にMr.ビーンで有名なロワン・アトキンソンみたいな印象を与えたってことで、ソフトバンク賞という特別賞をもらったんです。
「おもしろい子がいたな」って思ってもらえたんじゃないですかね。
実際、この時の受賞をきっかけに、ホリプロに所属して、芸能界での活動が始まります。
最初からお笑い方面で活躍できる素養があったってことですよね。
今見ると、バラエティーで軽くふざけたり、テンポよく話したりするのは、この頃からの才能が開花した結果なのかもしれません。
『おはスタ』おはガール 子供から人気上昇の転機
デビューしてすぐに全国区でバンバン売れたわけではなく、じわじわと子どもたちに顔を覚えられていく時期がありました。
その象徴が、テレビ東京系の朝の子ども向け番組『おはスタ』です。
学校へ行く前にテレビをつけると、いつも同じ顔が元気にしゃべっている。
そんな環境で育った世代にとって、咲楽さんは「朝の友だち」みたいな存在だったんじゃないでしょうか。
2017年10月から『おはスタ』に日替わりアシスタントとして出演し、いわゆる「おはガール」として活動をスタート。
子どもたちに向けて、わかりやすくテンポよく話すことが求められる番組で、自然と”伝える力”が鍛えられていきます。
「おはようスタジオ」の略称で、テレビの前の子供たちに元気を届ける番組。
そこに咲楽さんの明るさがぴったりだったんですよね。
日替わりアシスタント期間
おはガールとしての期間は、2017年10月から2019年3月までの約1年半。
最初は日替わりで出演していたんですけど、その後水曜日のレギュラーとして定着していきます。
この時期に、子供たちとのコミュニケーション能力や、テレビでの立ち回り方を学んだんじゃないかなって思います。
子供向け番組って、わかりやすく伝える力が必要ですよね。
そういう力が、今の咲楽さんのトークの下地になっている気がします。
2019年3月までにして、次のステップへ進む準備期間だったんですね。
慶應大学受験 SFC不合格も経験した学業への挑戦

バラエティで見ると「元気キャラ」の印象が強い咲楽さんですが、裏側ではけっこう勉強にも悩んでいました。
2018年、現役で慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)のAO入試に挑戦しています。
きっかけは、「テレビで上手にしゃべれる人は、頭の回転が速くて、ちゃんと学んできた人なんじゃないか」と感じたこと。
高3の秋になってから「自分もちゃんと勉強して、もっとトークに説得力を持たせたい」と思い立ち、かなりギリギリのタイミングで受験を決意したそうです。
この時期、咲楽さんは「テレビに出ている人は頭がいい」と感じて、高3の秋に急に大学受験を決意したって言ってて。
でも、受験シーズン直前の秋から準備を始めたわけで、当然ながら厳しい状況でした。
英検2級レベルの英語力が必要なAO入試に挑戦したんですけど、慶應大学SFCには不合格。
その時のエピソードは、本人のエッセイ『じんせい手帖』にも書かれていて、なんか読んでいると応援したくなりますよね。
高3の秋に受験決意 AO入試への秘められた思い
なんで急に大学受験を思い立ったのかって話なんですけど、咲楽さんは「スタジオでうまく話せないのは、頭が悪いからかもしれない」と感じたんですよ。
他のタレントさんみたいに大学に行ったら、変われるかもしれないって。
そんな思いで、高3の秋にAO入試を受けることを決めたんです。
親にはこっそり受験したみたいで、お母さんは知らなかったって話も出てきます。
結果的には不合格でしたけど、この経験が後の活動にどう影響したかはわからないですよね。
時期的には2018年の受験で、翌年の2019年3月にはおはスタも卒業して、次のステップへ進んでいきます。
この時期の葛藤が、今の咲楽さんの人間性を形作っている部分もあるんじゃないかなって思います。
NHK大河『光る君へ』からレシピ本出版までの活躍
ここ数年の動きを見ると、「あの太眉の元気な子」というイメージから、一気に大人のタレント・女優へと階段を駆け上がっているのがわかります。
仕事の幅も、バラエティだけじゃなく、ドラマや書籍、CMまで一気に広がっているんです。
2024年には、NHK大河ドラマ『光る君へ』に出演。
大河ドラマという”日本のど真ん中”的な作品に起用されたことで、幅広い世代に名前が知られるようになりました。
同じく2024年には、YouTubeチャンネルも開設し、テレビよりも素に近い表情や、日常のごはん作りの様子なども発信。
そして2024年5月には初のレシピ本『井上咲楽のおまもりごはん』を出版して、第12回料理レシピ本大賞 in JAPANの「ニュースなレシピ賞」を受賞したんですよ。
バラエティーだけじゃなくて、女優業や料理の分野でも活躍の幅を広げています。
さらに2025年12月からは東邦ガスのCMに岡田将生さんと共演したり、2026年2月にはForbes JAPANの「2026年注目の人100人」に選ばれたりと、勢いが止まりませんね。
ショートヘアイメチェン 最新の姿と心境
そして2026年4月17日には、自身のInstagramでショートヘアにカットしたことを発表しました。
「髪の毛切りました~!そして髪の毛広がりやすいのでストレートもかけてもらいました。とんでもなくドライヤーがラクです!」ってコメントしていて、劇的なイメチェンが話題になったんですよ。
2026年3月には日本テレビ系『上田と女が吠える夜』に出演して、引っ越しで運気が上がった経験も語っていて、今も変化を恐れずに新しいことに挑み続けている感じがします。
26歳になった今、咲楽さんは益子町の田舎娘から、多方面で活躍するエンターテイナーへと進化し続けています。
これから30代に向けて、どんな新しい顔を見せてくれるのか、ちょっとワクワクしてきませんか。
まとめ
- 栃木・益子町育ちの等身大の女の子が、全国区のタレントに成長
- 普通の公立校→オーディション挑戦→慶應受験など、挫折も経験しながら着実にキャリアを積み上げてきた
- 大河ドラマやレシピ本受賞など、20代後半も多方面で挑戦が止まらない
井上咲楽さんって、最初からキラキラした世界にいたわけじゃなくて、栃木の小さな町で妹たちに囲まれて育った普通の女の子なんですよね。
地元の公立小中学校から、栃木県立茂木高等学校に通いながらオーディションに挑戦して、15歳でソフトバンク賞を受賞。
その後も『おはスタ』で子どもたちの人気者になったり、慶應SFC受験で不合格を味わったりと、地に足のついた歩み方をしてきました。
それでも諦めずに挑戦し続けた結果が、大河ドラマ出演やレシピ本の受賞、そして最近のショートヘアへのイメチェンまで、今のマルチな活躍につながっているんです。
失敗を笑い話に変えていく姿勢、なんか見ていて元気もらえませんか。



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