テレビでよく見る近藤千尋さん、「どんな人なんだろう?」ってちょっと気になりませんか?
実は校長先生のお父さんを持つ教育一家で育ちながら、モデルの道を選んで、今では3姉妹のママとして頑張っているんです。
この記事では、岡山での学生時代から名古屋でのモデルデビュー、そして現在の活躍まで、彼女の歩んできた道のりをさらっと紹介します。
難しい話は抜きで、「ちぴ」の意外な一面を知りたい人にぴったりの内容になっています。
近藤千尋の基本プロフィール
- 名前:近藤千尋(こんどう ちひろ)
- 本名:太田千尋(おおた ちひろ)※2015年結婚後
- 愛称:ちぴ
- 生年月日:1989年12月15日
- 出身地:岡山県
- 身長:160cm
- 血液型:A型
- 所属事務所:エイジアプロモーション
- 職業:モデル、タレント
ファッション誌やバラエティ番組で見かける機会が多い近藤千尋さん。
笑顔とフレンドリーなトークで幅広い層から支持されていますよね。
愛称は「ちぴ」で、ファンの間にすっかり定着しています。
岡山県出身の1989年12月15日生まれで、身長160cm、血液型A型。
所属はエイジアプロモーションで、モデルとタレント両方として活躍するマルチな存在です。
まずは彼女の基本的なプロフィールと、意外と知られていない生い立ちから見ていきましょう。
岡山で生まれ育ち、大学進学を機に名古屋へと活躍の場を広げていった近藤さん。
その後、芸能の世界へと踏み出していく流れが、なかなかドラマチックなんですよね。
現在の本名は「太田千尋」。
2015年の結婚後は夫の苗字・太田を名乗っており、芸名として「近藤千尋」を使い続けています。
教育一家に育った幼少期と父・兄が教師という家族構成

近藤千尋さんの家族、知ってましたか?
お父さんもお兄さんも、ふたりそろって教師という完全な「教育一家」なんです。
しかもお父さんはただの先生じゃなく、岡山の学校で校長まで務めていたというから、なかなかの経歴ですよね。
本人も雑誌インタビューで「実は父も兄も教師。教育一家で育った」とはっきり語っていて、家全体が教育に対して真剣なムードだったようです。
そんな環境の中で育ちながら、ひとりだけ芸能の道を選んだというのが、なんかちょっとドラマっぽくていいですよね。
ただ、家族はずっと彼女の活動を応援してくれているそうで、温かい関係性が伝わってきます。
今は自分自身も3人の娘を持つお母さんとして奮闘中。
教育を大切にする家庭で育った経験が、子育てへの考え方にもきっとつながっているんじゃないかなと思います。
近藤千尋の学歴|清心女子高校から椙山女学園大学まで

近藤千尋さんの学歴も、気になる方は多いんじゃないでしょうか。
「どんな学校を出たの?」という素朴な疑問はもちろん、学生時代にどんなことをしていたのかを知ると、今の彼女への見方がちょっと変わるかもしれません。
中学から大学まで、その道のりを順番にたどってみましょう。

岡山の清心中学校・清心女子高等学校を経て、名古屋の椙山女学園大学へ進学、という流れです。
清心中学・高校はカトリック系の私立女子校で、岡山ではよく知られた学校のひとつ。
中学受験をして入学していることからも、しっかり勉強と向き合ってきた環境だったことがわかります。
そして大学は名古屋の椙山女学園大学・現代マネジメント学部へ。
この名古屋への進学が、のちのモデルデビューにつながっていくんです。
清心中学高校のハンドベル部で積んだ6年間の音楽活動

近藤千尋さんといえばモデルのイメージが強いですが、実は中学・高校時代はハンドベル部に所属していたんです。
しかも6年間ずっと続けていたというから、なかなか本気で取り組んでいたことがうかがえます。
ハンドベルって、複数人で音をひとつに合わせる楽器なので、チームワークや集中力が地味にすごく鍛えられるんですよね。
6年間やり切ったということは、コツコツと努力を積み重ねられるタイプという証拠じゃないかなと思います。
モデルの世界でも長く第一線で活躍し続けている姿に、どこかこの「続ける力」が出ているような気がしませんか。
大学時代のTV出演をきっかけにモデルとして名古屋で活躍

大学進学で名古屋に出てきた近藤千尋さん。
その名古屋での生活が、今のキャリアのスタートラインになりました。
「名古屋でモデルを始めた」と聞くと、芸能界といえば東京というイメージが強いだけに、少し意外に感じる方もいるかもしれませんね。
でも、それが彼女らしい歩み方でもあるんです。
地に足をつけながら、着実にキャリアを積み上げていった姿が、のちの大ブレイクの土台になっています。
椙山女学園大学に通いながら、近藤千尋さんは中京テレビの番組『SAKAE TA☆RO』にTA☆ROガールとして出演。
これが芸能活動の実質的なスタートとなりました。
大学生のうちにテレビ出演まで経験できるというのは、なかなか珍しいことですよね。
その後は名古屋を拠点に、『TOKAI SPY GIRL』や『PopSister』などのファッション誌でモデルとして経験を積んでいきます。
2012年ファッション誌の専属モデルとしてブレイクを果たす

名古屋でのモデル活動を積み上げていた近藤千尋さんに、大きなターニングポイントが訪れます。
2012年9月号から、ファッション誌『S Cawaii!』(主婦の友社)の専属モデルに就任したんです。
「ちぴ」の愛称もこの頃に全国区へと一気に広がっていきました。
2017年9月号まで実に5年間にわたって専属として誌面を彩り続け、卒業時には多くのファンが名残を惜しんだといいます。
5年間って、かなり長い期間ですよね。
それだけ雑誌とファンの両方から信頼され続けた証でもあります。
地道に積み上げてきたものがここでドーンと花開いた感じがして、なんかすごく好きなエピソードです。
ジャングルポケット太田との結婚と3姉妹の母になるまで
近藤千尋さんのプライベートについても、気になる方は多いはず。
結婚相手はお笑いトリオ・ジャングルポケットの太田博久さんで、発表当時は意外な組み合わせとして話題になりましたよね。
人気モデル×お笑い芸人というカップルはたしかに珍しいですが、今では仕事でもプライベートでも仲睦まじい夫婦として知られています。
結婚・出産を経ながらも活躍の幅を広げ続けている近藤さんは、同世代の女性たちにとってのリアルなロールモデル的存在にもなっています。
近藤千尋さんと太田博久さんが入籍したのは、2015年9月5日のこと。
当時、スポーツ紙では「うなぎ婚」と呼ばれ、大きく報じられました。
その後は3人の娘たちを授かり、現在は5人家族としてにぎやかな日々を送っています。
2015年入籍から2024年第3子出産までの家族の歩み
結婚から現在まで、近藤千尋さんの家族の歩みを時系列で整理してみましょう。
2015年9月5日、太田博久さんと入籍。
2017年5月4日、第1子女児を出産。
2019年10月31日、第2子女児が誕生。
そして2024年4月4日に第3子妊娠を公表し、同年8月26日に三女を出産しました。
約9年間で3人のお子さんを育てながら、モデルやタレント活動を続けているというのは、本当にすごいパワーですよね。
育児の奮闘ぶりや家族のエピソードをSNSやブログで発信し続ける姿が、多くのママたちから共感を集めています。
現在のモデル・タレント活動と複数の情報番組での活躍
近藤千尋さんの活動は、ファッション誌モデルにとどまらず、バラエティ番組・情報番組・ドラマと多岐にわたっています。
3人の子育てをしながらもフル回転で活躍し続ける姿は、多くのファンや同世代のお母さんたちに元気を与えています。
「ちぴ」の愛称で親しまれながら、モデルとしてもタレントとしても進化し続ける近藤千尋さんの現在地を見てみましょう。
現在は主婦の友社のファッション誌『GISELe』や角川春樹事務所の『美人百花』など、複数の誌面にレギュラーモデルとして登場しています。
子育て世代の女性向けの誌面に、リアルなママ目線で活躍し続けているんですよね。
テレビでは、メ〜テレ(名古屋テレビ)の情報番組『ドデスカ!プラス』に隔週金曜コメンテーターとして出演中。
2023年にはTBSドラマ『100万回 言えばよかった』にも出演し、女優としての顔も見せています。
TBSラヴィット!の金曜レギュラーで披露する夫婦共演
近藤千尋さんの現在の活動でとくに注目されているのが、TBS『ラヴィット!』への出演です。
2021年4月の番組スタートから、夫・太田博久さんとともに金曜レギュラーとして出演しています。
夫婦そろって同じ番組のレギュラーというのはなかなか珍しく、毎週自然体のやりとりが見られると視聴者から人気を集めています。
プロとして番組をしっかり盛り上げながら、それでもどこかほっこりする空気感が漂うのが、ふたりらしさですよね。
モデル・タレント・3姉妹のママ、そして金曜の顔として、近藤千尋さんはこれからもさらに幅広く活躍し続けるはずです。
まとめ
- 校長先生の父を持つ教育一家から、自分の道を切り開いて芸能界へ
- 名古屋での地道なモデル活動から、『S Cawaii!』専属で一気にブレイク
- 3姉妹のママになった今も、夫婦でテレビに出演するなど多方面で活躍中
近藤千尋さんって、知れば知るほど「コツコツ努力してきた人」なんですよね。
岡山の教育一家で育ちながら芸能の道を選び、名古屋で地道にキャリアを積み上げて、そこから専属モデルとして大ブレイク。
結婚して3人の娘さんを育てながらも、『ラヴィット!』で太田さんと夫婦共演したり、複数の雑誌でモデルを続けたり。
なんか、仕事も家庭も全力で楽しんでる姿が、すごく勇気をもらえませんか?
学生時代のハンドベル部で培った「続ける力」が、今の活躍につながってるのかもしれませんね。


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