正源司陽子さんは、まっすぐで、ちょっと不器用で、それでもひたむきに頑張る人です。
そんな姿に、いつの間にか心を惹かれていた…なんて人も多いのではないでしょうか。
アイドルとして注目を集める彼女ですが、その道のりは決して平坦ではありませんでした。
この記事では、幼少期から、中学・高校での生活、そしてセンターに抜擢されるまでの成長ストーリーを、具体的なエピソードとともにたっぷりご紹介します。
正源司陽子さんのことをもっと深く知りたい。
そんなあなたに、ぴったりの内容です。
正源司陽子のプロフィール
- 名前:正源司 陽子(しょうげんじ ようこ)
- 生年月日:2007年2月14日
- 年齢:19歳(2026年1月現在)
- 出身地:兵庫県芦屋市
- 身長:156.5cm
- 血液型:B型
- 所属グループ:日向坂46・4期生
- ニックネーム:しょげこ
- 特技:フルート、空手、絵を描くこと
幼少期と小学校時代:活発な少女と音楽への出会い

正源司陽子さんが通っていた小学校は芦屋市立山手小学校
正源司陽子さんの原点ともいえる子ども時代。
育った環境や小学校時代のエピソードを知ると、彼女がどんな性格で、どんなことに夢中だったのかが見えてきます。
じつは、フルートや空手、さらには生き物好きという一面もあったんです。
芦屋で育ち、音楽一家に囲まれた日々
正源司陽子さんは、兵庫県芦屋市の高級住宅街で育ちました。
いわゆる「お嬢さま」と言われるようなイメージですが、実はその中身はちょっと意外かも。
正源司陽子さんの家族は全員が楽器を演奏する“音楽一家”でした。
お父さんはピアノ、お母さんはヴァイオリン、お姉さんはチェロ、そして正源司さん自身はフルートを担当。
まるで家の中に小さなオーケストラがあるような、そんな暮らしだったそうです。
毎日の生活の中に音楽が自然と溶け込んでいた――そんな環境にいたら、音楽が好きになるのも納得ですよね。
そして小学校から吹奏楽部に入り、もちろん担当はフルート。
周囲に背中を押されて、ステージに立つことも増えていきます。
でも彼女、音楽だけの少女ではなかったんです。
虫やカエルなどが大好きで、真夏にはなんと“カエルをおでこに乗せて遊ぶ”という一風変わった遊びもしていたとか。
…なかなか豪快な子どもだったことがうかがえますよね(笑)。
さらに、小1の頃から空手を始めたのも意外な一面。
これは父親と姉がすでに習っていた影響で、自分も「やってみたい」と思ったからだそうです。
空手は中1まで続けていて、今でも得意な特技として挙げられています。
絵の才能もあって、小学生のときにはポスターコンクールで入賞した経験まであるんです。
音楽、武道、芸術…多才すぎませんか?
そしてもうひとつ、大きな転機が訪れたのが小学6年生の時。
NHK紅白歌合戦で見た「欅坂46」のパフォーマンスに衝撃を受けたそうです。
それまでは「アイドル=かわいい」というイメージしかなかったのに、「かっこよさ」に心を奪われたんだとか。
この経験が、後に彼女が坂道グループを目指す最初のきっかけになりました。
正源司陽子さんの幼少期は、ただの“お嬢さま”ではない、好奇心旺盛でいろんなことに夢中になれるエネルギーにあふれた時間だったんですね。
この多彩な経験が、今の彼女の芯の強さや個性につながっているのかもしれません。
中学時代:フルートの才能と表彰歴
正源司陽子さんがさらに輝き始めたのが中学生の頃。
音楽の才能を本格的に発揮しながら、ちょっと意外な一面も見せていたんです。
誰もが通る思春期を、彼女はどう過ごしていたのでしょうか?
中学での文武両道な生活
正源司さんが通っていたのは、大阪にある私立の金蘭千里中学校。
偏差値は61とやや難関で、中学受験を経て入学しています。
勉強が得意だったかどうか…実は、かなりしっかりやっていたようなんです。
たとえば、中学1年生の時には「ナレッジイノベーションアワード」というコンテストで、中学生アイデア部門の優秀賞を受賞。
これは全国から集まった中高生が、自分のアイデアを競い合うというもの。
こんなところでも存在感を発揮していたなんて、ちょっと驚きですよね。
でも、やっぱり彼女といえば音楽。
小学校時代から続けていたフルートを、中学でもずっと続けていました。
もちろん吹奏楽部に所属し、日々の練習に打ち込んでいたそうです。
その成果が形になったのが、中学3年生のとき。
2022年2月に開かれた「三木楽器 中学生高校生 管打楽器ソロコンテスト」の大阪大会で、なんと7位に入賞しています。
中学生でソロコンに挑むって、けっこう勇気がいりますよね?
しかも関西圏の強豪が集まる中での上位入賞。
やっぱりフルートにかける想いは相当なものだったんだろうなと感じます。
それだけ頑張っていた部活ですが、実はこの頃すでに「アイドルになりたい」という気持ちも心の中にあったそうです。
ただ、「本当に自分にできるのかな…?」という不安もあって、一度はその夢をあきらめかけていたんだとか。
ちなみに、中学1・2年生の頃は学校生活も楽しくて、友達ともよく話し、イベントにも積極的に参加していたそう。
でも中学3年生になったあたりから、コロナの影響で学校行事が軒並み中止に。
文化祭や体育祭、修学旅行もなくなってしまって、「正直、すごく悲しかった」とインタビューで語っています。
そんな中でも、自分の好きなことに打ち込みながら、日々を過ごしていた正源司さん。
まさに「文武両道」という言葉がぴったりの中学時代でした。
高校時代:日向坂46加入と学校生活の変化

正源司陽子さんの高校生活は、まさに人生の大きな転機でした。
勉強や部活動に励んでいた普通の高校生が、一気に芸能の世界へ。
日向坂46に加入したことで、彼女の毎日は大きく変わっていきます。
金蘭千里高校からの転校理由
正源司陽子さんが進学したのは、大阪にある金蘭千里高校。
偏差値は62といわれる中高一貫の進学校で、彼女は内部進学で高校に上がっています。
部活動も活発な学校で、吹奏楽部では高校でもフルートを続けていたそうです。
そんな中、高校1年生の2022年9月、正源司さんは日向坂46の4期生オーディションに見事合格。
応募総数5万1038人の中から選ばれた、わずか12人のうちのひとりです。
倍率はなんと約4200倍。信じられないような狭き門をくぐり抜けたんですね。
実はこのオーディション、彼女にとって“最後のチャンス”という気持ちだったのかもしれません。
もともと坂道グループに憧れていた彼女は、中学の頃に夢を諦めかけたことも。
でも、乃木坂46の5期生のパフォーマンスを見て「やっぱり目指したい」と思い直したそうです。
とはいえ、地方に住んでいるメンバーがアイドルになるには、上京が必要。
坂道グループのオーディションでは、「合格後にすぐに東京で活動できること」が条件なんです。
そのため、正源司さんも大阪の金蘭千里高校から、東京の高校へと転校することになります。
転校先として有力視されていたのが、目黒日本大学高校の通信制課程。
芸能活動に理解があり、多くのアイドルや俳優が通っていることで知られています。
そして2025年3月、高校卒業時の写真や同級生の情報から、実際に目黒日本大学高校に在籍していたことが明らかになりました。
同じく坂道グループの冨里奈央さん、藤嶌果歩さん、さらに櫻坂46の的野美青さん、向井純葉さんらが同学年だったというのも話題に。
正源司さんにとって、転校は環境ががらっと変わる大きな決断だったはず。
慣れない東京の暮らしに、学業、そしてアイドルとしての活動……。
でも、彼女はそのすべてをしっかり受け止めて、前に進んでいきました。
こうして、関西の高校生だった彼女は、日向坂46の新メンバーとして本格的に歩き出すことになるのです。
アイドル活動と学業の両立:デビューまでの努力
オーディションに合格したからといって、すぐに輝けるわけじゃないんです。
正源司陽子さんのアイドルとしての第一歩は、想像以上に厳しく、悩みや葛藤の連続でした。
それでも、彼女はあきらめなかった。その裏には、誰にも見えない努力がありました。
レッスン苦労と仲間に支えられた成長
日向坂46の4期生として合格したのは、高校1年生の終わりごろ。
そこから始まったのが、歌やダンスのレッスン漬けの毎日です。
でも実は、正源司さん、ダンスも歌もまったくの初心者だったんです。
もともとフルートなどの音楽には親しんでいたものの、「人前で踊る」「歌う」なんて経験はほとんどなし。
そりゃあ、いきなり本格的なレッスンについていくのは、かなり大変だったはずです。
合宿や練習では、他のメンバーに遅れをとってしまうことも。
ついていけない自分が悔しくて、涙を流したこともあったといいます。
そんなとき、支えてくれたのが一緒に加入した同期のメンバーたち。
公式ブログでは、「本当にしんどかったけど、みんながいたから前を向けた」と語っていて、人知れず努力を重ねながら、仲間と一緒に乗り越えてきたことが伝わってきます。
そして迎えたデビュー。
彼女は「私の新しい人生が始まるんだなって思った」と語っていて、
ステージに立てる喜びと緊張が入り混じった気持ちを、まっすぐな言葉で表現しています。
ちなみに、初めてのメイクや衣装にも最初はびっくりしたそうですよ。
それまでナチュラルな自分しか知らなかった彼女が、アイドルとして少しずつ“表現すること”を楽しめるようになっていったのは、この時期からなんです。
学業との両立も決して楽じゃなかったはず。
通信制とはいえ、高校生としての勉強もこなしながらのレッスン生活。
それでも、しっかり卒業までやりきったのは本当にすごいことだと思います。
正源司さんのデビューまでの道のりは、順風満帆ではありませんでした。
でも、不器用でもひたむきにがんばる姿は、まさに“努力の人”。
その姿勢が、ファンの心をぐっとつかんで離さない理由なのかもしれません。
現在の活動と今後の可能性
デビューから数年が経ち、正源司陽子さんはいま、日向坂46の中でも特に注目される存在へと成長しています。
単なる“フレッシュな新人”では終わらなかった彼女の現在地と、これからの可能性を見ていきましょう。
単独出演の増加とセンター就任までの軌跡
デビューしてしばらくは、他のメンバーに囲まれながら少しずつ活動に慣れていった正源司さん。
でも、その中でどんどん頭角を現していきます。
2023年3月には、NHKの教育番組『高校講座 情報Ⅰ』にレギュラー出演が決定。
アイドルとしての活動だけでなく、教育番組にも出演するって、すごいことだと思いませんか?
真面目な一面や伝える力が評価された証拠ですよね。
さらに、雑誌のグラビアや単独インタビューにも登場する機会がどんどん増えていきます。
日向坂46の中でも、正源司さんだけが呼ばれるような企画も増えてきて、「個」としての注目度が一気に上がってきた印象です。
そんな中、ファンの間で話題になったのが――
2024年2月、日向坂46の11枚目シングルでのセンター抜擢です。
センターといえば、グループの“顔”ともいえる重要なポジション。
その大役に、まだ加入からわずか1年ちょっとの正源司さんが選ばれたんです。
このときのニュース、SNSでも大きく取り上げられましたよね。
「しょげこセンターおめでとう!」という祝福の声とともに、
「努力が報われた」「これからもっと伸びる」といった期待のコメントがたくさん寄せられていました。
本人はというと、プレッシャーもあったと思いますが、「自分にできることを精一杯やる」と前向きに受け止めていたそう。
こういう真っ直ぐなところが、また応援したくなる理由なんですよね。
ちなみに、センター就任後のパフォーマンスは、堂々たるものでした。
歌もダンスも、表情の作り方も、まるで経験豊富なメンバーのような落ち着き。
それでいて、初々しさやフレッシュさもちゃんと残っているのが彼女らしいなと思います。
今後は、もっといろんなジャンルでの活動が期待されます。
演技やバラエティ、モデル活動など、まだまだ伸びしろは十分。
何より、真面目で地道に努力を重ねるタイプだから、どんな道でも自分のものにしていきそうです。
これから、日向坂46の中心メンバーとして、そして“正源司陽子”個人として、どこまで羽ばたいていくのか――。
今いちばん目が離せない存在なのは間違いありません。
まとめ
- 幼少期から音楽や空手など多彩な才能を発揮
- 中学・高校でも文武両道、夢に向かって着実に前進
- 日向坂46加入後は努力を重ね、センターへと大抜擢
正源司陽子さんのこれまでの歩みをたどってみると、ただ器用なだけじゃなく、どの時期もひたむきに努力を続けてきた姿が印象的です。
フルートや空手に夢中だった幼少期。
勉強と部活に全力を注いだ中学・高校時代。
そして、アイドルとしての厳しいレッスンにも食らいつき、ついにはセンターという大役を任されるまでに成長。
彼女のストーリーには、頑張ることの尊さや、夢を追いかける楽しさが詰まっています。
これから先の活躍も、どこかでそっと応援したくなる――そんな存在です。






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