「すがちゃん最高No.1って、どんな人?」
そんなふうに気になった人、少なくないと思います。
今や“パリピ芸人”として人気急上昇中、しかもお相手はあの柏木由紀さん!
一体どんな人生を歩んできたのか、学歴や経歴が気になりますよね。
この記事では、中学生時代から“ぱーてぃーちゃん”結成に至るまでの道のりを、たっぷりご紹介します。
もちろん、柏木由紀さんとの関係や結婚の話題もあわせてチェック。
読み終わる頃には、「すがちゃんって、実はめちゃくちゃすごい人かも…」って思ってるかもしれませんよ。
山形の少年が見た世界〜小学校時代と家庭の現実

今でこそ「ぱーてぃーちゃん」のツッコミとしてお茶の間をにぎわせている、すがちゃん最高No.1さん。
だけど幼少期は、けっこう壮絶だったんです。
彼が育ったのは、自然に囲まれた山形県山形市。
雪の多い地域で、のどかさと厳しさが混在する町。
小学生にして、家の中はちょっと信じられないような日常になっていきます。
小学校6年生からはおばあちゃんと二人暮らしだったそうですが、
「夜ご飯がグミだけだったこともある」
すがちゃんが小学生の頃に経験したこのエピソード、なかなか衝撃的ですよね。
どういうことかというと、彼と暮らしていたおばあちゃんにはかなり独特な生活スタイルがあったんです。
まず、トイレを流すのは1日に3回までという謎ルール。
水道代の節約?それとも他の理由? 詳細は分かりませんが、とにかくすがちゃん少年はこのルールの中で生活していました。
そして、もうひとつ。
おばあちゃんはグミが大好きすぎて、食費の大半をグミにつぎ込んでいたそうです。
その結果、ある晩の食卓に並んだのは、まさかのグミだけ。
想像してみてください。学校から帰って、空腹のまま口に入れるのがカラフルなグミ数粒……。
そんな中でも学校には通い、普通の子と同じように日々を過ごしていたというから驚き。
「明るくて楽しい芸人さん」としての彼の姿からは、想像できないような静かな時間が、子ども時代には流れていたんですね。
誰にも気づかれず中学生で一人暮らし

すがちゃん最高No.1さんが通っていたのは山形市立第四中学校
すがちゃん最高No.1さんは、なんと中学1年生にして一人暮らしをしていました。
小学校6年生まではおばあちゃんと暮らしていましたが中学校からは一人暮らしをするようになっていました。
しかも、それを誰にも気づかれずにやり抜いていたんです。
「えっ、中学生が一人で生活してたの?」って思いますよね。
実は本人も、最初はそれに気づいてなかったんです。
そんな中、普通に学校へ通っていたすがちゃんは、ある日ふと気づきます。
「みんなは明かりがついたリビングに帰っていくのに、自分だけ真っ暗な家に帰ってないか?」
その瞬間に、「あ、これ一人暮らしじゃん…」と悟ったそうです。
でもね、ただの“気づき”で終わらなかったのがすがちゃんのすごいところ。
中学生にして、自炊も掃除もやりながら、誰にもバレないように日常を回していたんです。
お金の面は、東京にいる叔母が仕送りしてくれていたおかげでなんとかなっていたとのこと。
それでも、心細さや孤独感はあったはず。
だけど彼は、誰にも迷惑をかけず、自分の力で日常を保ち続けました。
なんていうか…根っからのサバイバー気質ですよね。
弁当も洗濯も独学でマスター、秘密を抱えた日常

ひとり暮らしをしていることは、学校の誰にも言っていなかったすがちゃん。
でも、中学生ってお弁当が必要な日もありますよね?
「お母さんが作ってくれた風」のお弁当を、自分で朝から作って持っていってたんですって。
すごくないですか?
しかも、家事のやり方は誰かに教わったわけじゃないんです。
友達の家に遊びに行ったとき、その家のお母さんの動きを“盗み見”して覚えていったそうです。
「この家はシンクが見やすいな」とか、「洗濯機の使い方はあの家がわかりやすいな」とか。
なんか、スパイみたいで笑えるけど、真剣だったんですよね。
それをこっそり自分の生活に取り入れて、毎日を回していたわけです。
部活動はバドミントン部。
あえて活動量の少ない部を選んだのは、自分の生活と両立させるためだったのかもしれません。
そんな背景を誰にも知られず、明るく学校生活を送っていた中学生時代。
友達とふざけて笑っていても、その裏には誰にも言えない「一人でやってる日々」があったんです。
そう思うと、テレビで見るあのテンション高めのパリピキャラにも、じんわりと深みを感じますよね。
自らジュノンボーイに挑戦!高校時代の”チャラい”自分づくり

すがちゃん最高No.1さんが通っていたのは、山形県にある私立の山形学院高校
パリピ漫才で知られる今のキャラ、実はこの高校時代にすでに“完成形”へと近づいていたんです。
そのキーワードは…「チャラさ」。
中学時代、ひとり暮らしを黙って続けていた彼にとって、高校に入ってからの環境はガラッと変わったものでした。
誰かに“隠さなきゃいけない”という感覚が少しずつ薄れていき、素の自分を出せるようになっていったんですね。
でも、ただ素直になるだけじゃなかった。
すがちゃんは「カッコいい人になりたい」という思いがずっとあって、それが彼の“チャラい”方向へと進んでいきます。
高校2年のときには、なんとあのジュノン・スーパーボーイ・コンテストに応募!
しかも「他薦っぽく見せかけた自薦」という、ちょっと笑っちゃう作戦でエントリーしたんだとか。
なんか、わかる気がしませんか?
「目立ちたい」「認められたい」、でもちょっと照れもあって…という、思春期男子のリアルが詰まってます。
それでも彼の中では、しっかりとした“計算”と“キャラ作り”が進んでいた。
チャラさ全開の外見の裏には、ちゃんと人との距離感や見られ方を意識してたんですよね。
このあたり、今のテレビでの立ち振る舞いにもつながっている気がします。
高校時代のすがちゃんは、もうすでに芸人としての布石をいくつも打っていたのかもしれません。
山形学院高校で見つけた「同じような環境」の仲間たち
山形学院高校は、ミッション系の私立高校で、情報科や普通科、調理科など複数のコースがあります。
すがちゃんがどの科にいたのかは公表されていませんが、学校生活では“居場所”を見つけていたようです。
高校に入ってから、彼が気づいたことがひとつあります。
それは、「複雑な家庭で育っているのは、自分だけじゃないんだ」ということ。
これって、すごく大きな気づきだったと思うんです。
中学までは、自分だけが特殊な状況に置かれてるように感じていた。
でも高校に入ると、似たような悩みや家庭の事情を持っている仲間がいた。
それを知ってからは、ひとり暮らしを隠すこともなくなって、むしろ自然体で過ごせるようになっていったそうです。
それって、めちゃくちゃ大事な出会いじゃないですか?
「なんだ、みんなもそうなんだ」って思えたこと。
その安心感が、彼の笑顔や前向きなキャラを支えていたのかもしれません。
この頃から彼の中には、「自分の経験を笑いに変えたい」という思いが、うっすら芽生えていたのかもしれませんね。
放送業界への第一歩、専門学校時代の舞台裏

すがちゃん最高No.1さんが進んだのは「日本工学院専門学校」
高校卒業後、芸人の道に…と思いきや、最初に目指していたのは“番組を作る側”の人間。
つまり、裏方の放送関係の仕事を志してたんです。
なんか意外じゃないですか?
彼が放送業界を目指すようになったのは、高校2年生のとき。
「バラエティ番組を作る仕事って楽しそう!」と感じたことがきっかけだったそう。
確かに、いつもテレビを通して笑っていた側の人が、「今度は自分が笑わせる番組を作りたい」と思うって、ちょっとアツいですよね。
専門学校では、撮影、編集、音声など、映像制作の基本からしっかり学びながら、東京の暮らしにも適応していきます。
山形の静かな一人暮らしとはまた違った、賑やかで忙しい毎日。
授業が終われば、アルバイトや実習、そして次の日の課題に追われる日々。
でも彼にとっては、どれも“やりたいことに近づいてる”実感がある時間だったんだと思います。
ADとしての現場経験と、芸人になる決意の瞬間
専門学校に通っていたすがちゃんは、なんと在学中からすでに“本物の番組現場”に飛び込んでいました。
担当していたのは、通販番組のアシスタントディレクター(AD)。
これ、裏方の仕事でもかなりハードなポジションです。
撮影準備、台本の確認、収録中のサポートに、片付けまで。
朝から晩まで動きっぱなし。
でも、番組が完成してテレビに流れたときの達成感って、やっぱり格別だったそうです。
「自分が関わったものが世に出る」って、ちょっと誇らしいですよね。
だけど、そんな経験を積むうちに、ある思いがどんどん膨らんできます。
「番組を作るのもいいけど、やっぱり自分が“画面の中”で人を笑わせたい」
その気持ちは、次第に抑えきれないものになっていったんです。
そして22歳のとき、思い切って芸人の道へ舵を切ることになります。
放送業界という夢を追いながら、実際の現場も経験し、それでも「表舞台に立ちたい」と決意する。
ここまでの流れを見ても、すがちゃん最高No.1さんの“ブレなさ”と“行動力”がよくわかりますよね。
コンビ解散から再出発へ──「ぱーてぃーちゃん」結成と躍進
どんな芸人も最初から売れるわけじゃない。
それは、すがちゃん最高No.1さんも同じでした。
彼が本格的に芸人の道を歩み始めたのは22歳のとき。
ワタナベコメディスクール(WCS)に入学して、まずは2014年に「パーティーズ」というコンビを結成。
当時の相方は石原涼丞さんという芸人さんでした。
でも、思うように結果は出なかったんです。
ネタを作ってもウケず、ライブに出ても手ごたえがない。
努力しても努力しても報われない時期が、何年も続きました。
2020年、ついに「パーティーズ」は解散。
そのときの気持ち、きっと相当しんどかったはずです。
「このまま芸人として終わるのかな」って、頭をよぎったかもしれません。
でも、すがちゃんはあきらめなかった。
そこからが、彼の“第2章”の始まりです。
2021年、新たに信子さんと金子きょんちぃさんが組んでいたコンビ「エンぷレス」に加わり、男女3人組のお笑いトリオ「ぱーてぃーちゃん」を結成。
ここから一気に流れが変わります。
パリピキャラ全開で繰り広げられるテンション高めの漫才は、いい意味でテレビっぽくない。
「なんかクセになる」「見てると元気が出る」とSNSでも話題に。
そしてじわじわと出演番組が増え、気づけばお茶の間でも大人気に。
コンビ時代には見えなかった景色が、「ぱーてぃーちゃん」で一気に開けていきました。
それにしても、人って一度諦めかけた夢を、仲間と一緒に形にできるんですね。
すがちゃん最高No.1さんのこの逆転劇、ちょっと胸アツです。
柏木由紀とすがちゃん最高No.1が結婚へ

2025年長年アイドルとして多くのファンに愛され続けた柏木由紀さん(34)と、パリピ漫才でおなじみのすがちゃん最高No.1さん(34)。
なんとこの2人が、2026年中にも結婚することが明らかになりました。
2024年9月に週刊誌で交際が報じられた時には、「本当!?」「意外すぎる組み合わせ!」と話題沸騰。
でも、それから約1年4か月、2人は騒がれることなく、静かに、でも真剣に関係を育んでいたんです。
関係者によると、2026年には2人とも35歳を迎えることもあり、お互いの年齢やタイミングを踏まえて、いよいよ結婚を決意したとのこと。
まさに“愛を育ててゴールイン”ですね。
柏木さんは、2024年4月にAKB48を卒業。
在籍期間はなんと17年という“最長記録”で、まさにグループの歴史そのものとも言える存在でした。
卒業後は恋愛も解禁され、2025年11月に放送された「ボクらの時代」では、こんなふうに語っていました。
「グループを卒業したきっかけの一つ。結婚や出産の可能性があるかもしれないところに立つためには、まず卒業しなきゃというのもあった」
つまり、卒業=結婚への覚悟の一歩でもあったわけです。
この発言を聞いたファンの中には「もしかして、すがちゃんのこと…?」と感じた人もいたかもしれませんね。
そして迎えた2026年。
柏木さんはNHK紅白歌合戦にOGとして登場し、アイドルとしての華やかな姿を再び見せてくれました。
でも、その裏では人生の新しいステージへの準備も着々と進んでいたのかと思うと…なんだか胸が熱くなります。
AKBの“王道アイドル”と、お笑い界の“ぶっ飛びパリピ”
ジャンルも雰囲気もまったく違う2人だけど、だからこそ惹かれ合ったのかもしれません。
この異色カップルの幸せな門出、これからも見守っていきたいですね。
まとめ
- 小学生の頃から複雑な家庭環境でたくましく生き抜いてきた
- 高校・専門学校時代を経て、芸人として成功するまで地道な努力を続けてきた
- 2026年には柏木由紀さんとの結婚が予定されており、人生の新たなステージへ進もうとしている
小学校時代に「夜ご飯がグミだけ」という驚きの生活を送り、中学では誰にも気づかれず一人暮らし。
そんな環境を乗り越えたすがちゃん最高No.1さんは、どんなときも前を向き、笑いに変える力を身につけてきました。
芸人として芽が出るまでに時間はかかったけど、そのぶん深みのある“キャラ”ができあがったのかもしれません。
そして今、愛する人との結婚も控える彼の人生は、これからますます面白くなりそうです。


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