鈴木奈々さんといえば、元気いっぱいでちょっと天然な“おバカキャラ”が印象的ですよね。
でもその明るさの裏には、意外な過去や努力の積み重ねがあるんです。
小学校から高校時代まで、ギャルに憧れて突っ走った学生生活。
そして、思わぬきっかけで芸能界へ――まさにドラマみたいな展開が待っていました。
この記事では、そんな鈴木奈々さんの学歴や経歴を、時系列で紹介します。
テレビでは見られない一面、ちょっとのぞいてみませんか?
鈴木奈々のプロフィール
- 名前:鈴木 奈々(すずき なな)
- 生年月日:1988年7月9日
- 年齢:38歳(2026年現在)
- 出身地:茨城県
- 身長:154cm
- 血液型:B型
- 職業:モデル、タレント、YouTuber
小学生時代:ギャルモデルに憧れた活発少女

鈴木 奈々さんが通っていたのは、馴柴(なれしば)小学校です
テレビで見せる明るさやノリの良さは、実は小学生の頃から健在だった鈴木奈々さん。
外で元気に走り回るのが大好きな、まさに“活発少女”だったそうです。
小学校時代、鈴木さんはとにかく運動が得意。
なんと、100メートル走で市の大会に出場して優勝したこともあるんです。
足が速くて運動神経も抜群、そりゃあ学校でも目立つ存在になりますよね。
そして、この頃からすでにファッション雑誌に夢中。
クラスで友達とギャル雑誌「egg」を回し読みして、「この服かわいくない?」「髪型マネしたい!」なんて盛り上がっていたとか。
特に、派手なメイクや巻き髪、カラフルなファッションに強く憧れていたそうです。
その影響は卒業文集にも表れていて、将来の夢の欄にはしっかり「ギャル雑誌のモデル」と明記。
普通なら「ケーキ屋さん」「サッカー選手」なんて書くところですが、そこは鈴木さんらしいユニークさ。
ギャルに憧れる気持ちも、「自分らしくいたい」という芯の強さからきていたのかもしれませんね。
中学生時代:学力低迷と恋愛

鈴木 奈々さんが通っていたのは、茨城県龍ケ崎市にある「城西中学校」
どこか抜けていて、でもどこか放っておけない──。
鈴木奈々さんの魅力は、まさにそんな“人間らしさ”にあると思いませんか?
実はその片鱗、中学生の頃からすでにしっかり現れていたんです。
勉強は苦手でも、人への思いやりや芯の強さはピカイチ。
そんな彼女の中学時代をご紹介します。
部活には所属せず、いわゆる“放課後は自由派”だったそうです。
でも、勉強となると…これが本当に苦手で(笑)。
中学時代、なんと5教科合わせて“合計25点”という伝説的な点数をたたき出したことがあるんです。
平均じゃないですよ? 合計で25点!
1教科5点という驚異的な数字に、思わず「本当?」と二度見した人も多いはず。
さらに、九九の「7の段」が言えなかったとか、都道府県の数を76だと思っていたなど、びっくりするような天然エピソードも。
でも不思議とイヤな感じがしないのは、きっと彼女の人柄がにじみ出ているから。
勉強ができない=ダメ、じゃないことを、体現してくれてますよね。
城西中学校での恋愛エピソード

鈴木さんは中学校で運命の出会いを果たしています。
実は彼女、のちに結婚することになる男性とはこの中学時代に出会っているんです。
しかも、なんと中学3年生の頃に撮った2ショット写真が残っていて、本人が後にテレビで公開。
当時はまさか、その彼と将来結婚するなんて夢にも思っていなかったとか。
なんか、ドラマみたいな話ですよね。
高校時代:茎崎高校の強制退学から通信制で卒業へ

鈴木さんが最初に通っていたのは、茨城県立の「茎崎高校(くきざきこうこう)」
鈴木奈々さんの高校時代は、まさに波乱万丈。
楽しいこともあったけど、正直つまずくことのほうが多かったかもしれません。
でもそこからきちんと立ち直って、新たな道を切り開いたところに、彼女らしい芯の強さが見えてきます。
中学時代から勉強はあまり得意じゃなかった彼女。だからこそ、入学後も成績はなかなか伸びず…。
なんと、高校3年生のときには「成績不振」を理由に、強制退学となってしまいます。
これ、ちょっと驚きですよね。
素行不良や欠席じゃなくて、成績だけで退学になるケースってかなり珍しいんです。
当時のルールでは「通知表に“1”が7個以上つくと退学」だったそうですが、鈴木さんはなんと9個。
しかも、体育以外はすべて「1」だったとか…!
でも、遅刻も欠席も一切なしで、毎日ちゃんと通っていたというのが鈴木さんらしいところ。
真面目に登校してたのに退学…なんだかちょっと切ない話ですよね。
それでも、ここで終わらなかったのが彼女のすごいところ。
退学後はすぐに「つくば開成高校」という通信制の高校に編入し、見事卒業。
この学校は、登校日や勉強の進め方を自分で決められる柔軟なスタイルで、当時の鈴木さんには合っていたようです。
環境を変えても前を向き、しっかり高校卒業までやり切った彼女。
失敗から逃げずに向き合った姿勢は、かなりかっこいいと思いませんか?
ギャル同好会と「通知表オール1」からの逆転

茎崎高校では部活動には入らなかったものの、鈴木さんは「ギャル同好会」なるものを自ら立ち上げたそうです。
これ、まさに“鈴木奈々っぽさ”全開のエピソードですよね。
毎日メイクやファッションの話で盛り上がり、雑誌「Popteen」や「egg」を読み込む日々。
鏡の前でアイプチを欠かさず、毎日二重メイクに励んでいたとか。
ちなみにこの“アイプチ生活”は、なんと本当に目がぱっちり二重になるまで続けたそうで…!
気合いが違いますよね。
でも勉強はというと、ギャル一筋すぎたのかかなり苦戦。
その結果、通知表は体育以外ほぼ「1」。これで退学になったわけですが…
実はこのあと、読者モデルとしてスカウトされるという転機がやってきます。
そう、まさに「人生何があるかわからない」ってやつです。
しかも、そのモデル活動を始めたのは退学直後の高校3年の1月。
普通なら落ち込んでふさぎ込みそうな時期に、彼女は新しい扉を開いていったんです。
ギャル同好会で培った“自分らしさ”と“好き”を貫く姿勢は、モデルやタレントになってからもブレずに続いています。
通知表がオール1だったって? それが何だっていうんでしょう。
失敗をネタにできる強さと、それを乗り越える行動力。
鈴木奈々さんの“逆転力”は、まさにこの高校時代から始まっていたのかもしれません。
芸能界入りのきっかけは“握手会”から始まったシンデレラストーリー

テレビでは元気でちょっとドジ、でも憎めない——そんな鈴木奈々さんのイメージ。
でも、その裏には地元・茨城から東京まで片道2時間かけて通う努力と根性があったんです。
芸能界入りのきっかけは、高校3年生のとき。
大ファンだったカリスマモデル・益若つばささんの握手会に参加した際、スタッフの目に留まりスカウトされたという、まさにドラマのような展開でした。
その後、人気ギャル雑誌『Popteen』で読者モデルとして活動をスタート。
当時のギャラは時給1000円。交通費や私服代のほうが高くついたと笑い話にするものの、撮影に参加できるだけで嬉しかったと語っています。
誌面では、持ち前の明るさと天然キャラで少しずつ知名度を上げ、専属モデルに抜擢。
トップモデルがひしめく中、彼女は「芸人枠だった(笑)」と自虐しながらも、5年間活動を続けました。
やがてバラエティ番組にも進出し、おバカキャラとして一躍人気者に。
“雑誌から飛び出したギャル”が全国区のタレントへ——
そんな鈴木奈々さんの歩みは、努力と偶然が重なったリアルなシンデレラストーリーだったのかもしれません。
まとめ
- 茨城で育った鈴木奈々さんは、ギャルに憧れる元気少女だった
- 成績不振で高校を退学するも、通信制で無事卒業し芸能界へ
- Popteenモデルからおバカキャラタレントへと転身し、今やYouTuberとしても活躍中
鈴木奈々さんの人生って、ほんとドラマチック。
小学生のときにギャル雑誌に憧れていた女の子が、成績オール1の危機を乗り越え、モデルになって、今では全国区のタレントに。
失敗しても落ち込まず、自分の“好き”を大事に突き進んだ結果が今につながっているんですね。
明るさと天然さに隠れた芯の強さ、なんだか応援したくなりませんか?
これからもそのままの鈴木奈々さんで、笑顔を届け続けてほしいですね。


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