塚本恋乃葉さんって、最近よく名前を聞くけど、どんな人?
実はスポーツも芸能も全力で頑張ってきた、ちょっと気になる存在なんです。
この記事では、塚本さんの学歴や経歴、そして芸能界に入ったきっかけなどをわかりやすくまとめています。
読むと、彼女の魅力や意外な一面がきっと見えてくるはず。
気になっていた方は、ぜひチェックしてみてくださいね。
塚本恋乃葉のプロフィール
- 名前:塚本 恋乃葉(つかもと このは)
- 生年月日:2004年6月25日
- 年齢:21歳(2025年現在)
- 出身地:広島県
- 身長:170cm
- 芸能事務所:ホリプロ
- 主な出演:『世界の果てまでイッテQ!』出川ガール
テレビ番組で見かけて「誰だろう?」と思った人も多いのでは?
笑顔が印象的な彼女の名前は、塚本恋乃葉(つかもと このは)さん。
実は、元アスリートでありながら芸能界に飛び込んだという、ちょっと異色の経歴を持つ女性なんです。
広島県出身で、2004年6月25日生まれ。
2025年現在で21歳になります。
身長は170cmと、女性としては高め。
そのスラッとしたスタイルと堂々とした佇まいは、スポーツ経験者ならではの魅力ですね。
彼女が注目を集めるきっかけとなったのは、2023年の「ホリプロスカウトキャラバン」でのグランプリ受賞。
その後、あの人気番組『世界の果てまでイッテQ!』の「出川ガール」として出演し、一気にお茶の間の人気者に。
実はその裏には、長年バレーボールに打ち込んできた経験と、地元・広島でのまじめな学生生活がありました。
そして、もうひとつ意外な事実が…。
実は彼女、父親が元プロ野球選手なんです。
スポーツと芸能、どちらのフィールドでも全力で頑張る塚本恋乃葉さん。
そんな彼女の素顔、気になってきませんか?
まずは、お父さんとの関係からご紹介します。
父は元プロ野球選手・塚本善之
「なんか運動神経がすごそうだな〜」って思った方、鋭いです。
実は、塚本恋乃葉さんのお父さんは、元プロ野球選手の塚本善之(つかもと よしゆき)さん。
1990年代に近鉄バファローズ(現:オリックス・バファローズ)に所属し、投手として活躍していた方なんです。
プロ入りは1994年のドラフト2位。
球速は140km台後半を記録していて、地元・広島工業高校時代から有望な選手として知られていました。
「野球選手の娘=野球やってた?」と思いきや、恋乃葉さんが選んだのはバレーボール。
お父さんからは「自分のやりたいことをやりなさい」と言われていたそうで、スポーツに関する強制はなかったんですって。
でも、やっぱり“勝負の世界”で生きてきた父の背中を見て育ったからこそ、恋乃葉さんも自然と「本気で打ち込む」という姿勢が身についたのかもしれませんね。
ちなみに、恋乃葉さんのバレーボールの腕前はというと…
なんと小学生の頃から表彰されるほどの実力者だったんです!
その話は、次の見出しで詳しくお話ししますね。
小中学校時代の活動と表彰歴

今では芸能界でキラキラと輝いている塚本恋乃葉さんですが、その原点には、小さな頃から続けてきた「努力」と「挑戦」がありました。
小学校・中学校の時代には、毎日のように体を動かして、地域の大会に出たり、いろんな表彰を受けたり…。
見た目からはちょっと想像できないくらい、かなり“体育会系”な日々を送っていたんです。
そんな彼女がスポーツの世界に足を踏み入れたのは、小学4年生のとき。
そこから、人生の歯車が大きく動き出します。
小学4年で始めたバレーボールと「体力優秀賞」の受賞歴

塚本恋乃葉さんがバレーボールを始めたのは小学4年生のとき。
きっかけは、地元のクラブチームに誘われたことだったそう。
最初は「ちょっと面白そう」という軽い気持ちだったみたいですが、いざ始めてみると、その運動センスとガッツが一気に開花。
ポジションはレシーブやトスをさばくポジションで、細かい動きや瞬発力が求められる役割を任されることも多かったとか。
「うまくできなくて泣いたこともある」
と本人は語っていますが、それでも練習を休まず、コツコツ努力を続けた結果、小学生のうちからチームの中心選手に。
そしてもうひとつ。
実は恋乃葉さん、小学生のときに「体力優秀賞」という賞も受けているんです。
この賞、広島市の小学校で実施される「新体力テスト」で、8つの項目すべてにおいて高いスコアを出した子に贈られるもの。
50メートル走やソフトボール投げ、上体起こしに反復横跳び…。
まさに「運動できる子オールスター」って感じの内容なんですよね。
そんな中での受賞って、本当にすごい。
この頃からすでに、「やるなら本気で」「続けることが一番大事」っていう、恋乃葉さんの芯の強さが育っていたのかもしれません。
ちなみに、バレーボールは中学校に進学してもずっと続けていて、チームでは副キャプテン的な立場を任されることもあったそうです。
部活だけじゃなく、授業や地域行事にも積極的に参加していたらしく、学校の先生たちからの信頼も厚かったんだとか。
今のあの堂々とした姿、なんだか納得できる気がしませんか?
高校時代のバレー部キャプテンと進路選択

塚本恋乃葉さんがさらに大きく成長したのが、高校時代。
ただ「バレーが好き」っていう気持ちだけじゃ通用しない、厳しい環境の中で自分と向き合いながら、キャプテンとして仲間を引っ張っていく立場にもなりました。
その中で、スポーツだけじゃなく「これから自分はどう生きていきたいか」まで考えるようになったんです。
バレーボールに夢中だった彼女が、やがて芸能の世界を目指すことになるなんて…なんだかドラマみたいですよね。
広島工業大学高校での部活動と国体候補選出
進学先は、地元・広島にある広島工業大学高等学校。
ここ、工業系の専門高校というイメージを持つ人も多いんですが、実はスポーツの強豪校としても知られていて、特にバレーボール部のレベルは全国でも上位クラス。
そんな中で、塚本さんは1年生の頃から実力を発揮し、徐々に頭角を現します。
2年生になるとレギュラーに定着し、ついにはキャプテンに就任。
チームのムードづくりから後輩の指導、練習メニューの調整まで、プレー以外の部分でも中心的な存在に。
「声を出してチームを引っ張るタイプだった」と、周囲の先生やチームメイトも話していたそうで、責任感の強さはこの頃からピカイチだったみたいです。
そんな活躍が評価されて、なんと広島県の国体候補選手にも選ばれることに。
ちなみに、国体っていうのは「国民体育大会」の略で、各都道府県の代表が競う全国大会。
そこに呼ばれるってことは、もう“県トップレベル”の選手ということになります。
しかも、ポジションはセッター。
身長170cmという高さを活かしながらも、ゲーム全体をコントロールする司令塔として、冷静さと瞬発力が求められる重要な役割です。
「キャプテンでセッターで国体候補」って、かなりのハイスペック。
それでも塚本さん自身は、天狗になることなく、周囲への感謝や自分に足りないところをしっかり見つめて、常に成長を目指していたそうです。
高校3年の引退試合が終わったあと、悔しさと寂しさで泣き崩れた…と話していて、それだけ本気で打ち込んでいたことがわかりますよね。
でもこの頃から、少しずつ「違う世界にもチャレンジしてみたい」という気持ちが芽生えていたとか。
その後、彼女は意外な進路を選ぶことになるんですが…
その話は、次の見出しでじっくり紹介していきますね。
大学進学と芸能界挑戦の転機

高校では国体候補にまで選ばれるほど、バレーボールに全力を注いできた塚本恋乃葉さん。
でも、彼女の中には「このままスポーツだけの人生でいいのかな?」という迷いもあったそうです。
そんな時、ふとしたきっかけで出会ったのが“芸能界”という未知の世界。
ここで彼女の人生が、大きく動き出すことになります。
安田女子大学進学とホリプロスカウトキャラバンでのグランプリ受賞
高校卒業後、塚本さんが進学したのは安田女子大学。
広島市内にある、地元ではとても評判の良い女子大です。
学部や専攻の詳細は公表されていないものの、彼女はこの大学に通いながら、普通の女子大生としての生活を送っていました。
…が、ここで驚くようなチャンスが舞い込んできます。
それが、あの有名な「ホリプロスカウトキャラバン」。
1976年から続く、芸能界の登竜門的な存在で、石原さとみさんや深田恭子さん、足立梨花さんなど、数々のスターを輩出してきた名門オーディションです。
なんと、塚本恋乃葉さんはこの大会で2023年のグランプリを受賞!
それも、全国から約1万人近くの応募があった中での栄冠。
しかも、この年のテーマは「ミス・ホリプロ2023〜未来のヒロインを探せ〜」。
ただ可愛いだけじゃなく、芯の強さや発信力、成長力まで見られるという、かなりハードルの高い審査でした。
広島から上京してきたばかりの、ほぼ“芸能未経験”の大学生が、堂々とカメラの前で自己PRをして、審査員たちの心をつかんだんです。
「まさか自分が…って思いました」
と当時のインタビューで語っていた恋乃葉さん。
でも、これまでのバレーボールで鍛えた表現力や根性が、この場面でもしっかり活かされたのかもしれませんね。
グランプリを受賞したその日から、彼女の周りは一気に変わっていきます。
大学生活と芸能活動の両立という、ちょっと忙しい毎日が始まるわけですが、その選択を迷いなくできたのは、やっぱり「何かに本気で挑戦してみたい」という強い思いがあったから。
「次はどんな景色を見せてくれるんだろう?」
そんなワクワク感に満ちたステージが、いよいよここから始まっていきます。
芸能活動開始とこれからの目標
大学生としてキャンパスに通いながら、「芸能界入り」という大きな扉を開いた塚本恋乃葉さんは、そこから一気にテレビの世界へ飛び込んでいきました。
でも、ただの“ラッキーな新人”では終わらなかったんです。
彼女が見据えているのは、ずっと先の未来。モデルとしても、女優としても、バラエティでも、しっかり地に足をつけて歩いていく。
そんな想いが伝わってくる、真っ直ぐなスタートでした。
出川ガール就任、モデル・バラエティへの意欲と上京の決断
2024年、テレビの前で彼女の名前が一気に知られるきっかけとなったのが、日本テレビ系の人気番組『世界の果てまでイッテQ!』の名物企画「出川ガール」への抜擢でした。
知ってました?
この「出川ガール」、過去には河北麻友子さんや堀田茜さん、生見愛瑠さん(めるる)なんかも務めていて、
“ブレイクの登竜門”とも呼ばれるポジションなんです。
そんな中で、2024年3月。
広島の大学に通っていた彼女は、大きな決断をします。
そう、上京。
地元から離れて、右も左もわからない東京での一人暮らし。
それでも、「やるからには本気でやりたい」と、芸能の道に腹を括りました。
バラエティでは天然っぽいリアクションが話題になる一方で、
インスタグラムでは、170cmのスタイルを活かしたモデル系の投稿も増加中。
実際、ホリプロも彼女の「多面的な魅力」を推していて、今後は女優業にも挑戦していきたいという話もあるそうです。
もともとバレーボールで鍛えた根性と、仲間と向き合ってきた人間力。
それに加えて、グランプリで評価された素直さと度胸がある。
だからこそ、どんな現場に行っても、物おじせずにチャレンジしていけるんでしょうね。
ちなみに、最近はテレビだけでなく、ファッション誌やWebメディアにも少しずつ登場しはじめていて、「広島から来た新星」として、業界内でも注目の存在になってきています。
これから先、恋乃葉さんがどんな“顔”を見せてくれるのか、ちょっと楽しみじゃありませんか?
まとめ
- 小学生時代から運動神経抜群、「体力優秀賞」も受賞
- 高校でバレー部キャプテン&国体候補、大学進学後に芸能界デビュー
- 2023年ホリプロスカウトキャラバンでグランプリ、2024年「出川ガール」に抜擢
塚本恋乃葉さんは、広島でのまっすぐな学生生活とバレーボールでの本気の経験を経て、芸能界という新たな舞台へと踏み出しました。
スポーツで培った粘り強さと素直さを武器に、出川ガールとして一気にブレイク。
これから女優、モデル、バラエティと、さらに活躍の場を広げていくであろう彼女の姿に、目が離せませんね。


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