わたなべ麻衣さんって、どんな学生だったと思いますか?
いまや「インスタの女王」として人気を集める彼女にも、ふつうの女の子だった時代があるんです。
広島で育ち、毎日遊び倒していた高校時代。
大学を中退して、なんとなくのノリで上京。
そして、原宿での偶然の出会いから芸能界入り——まさにドラマみたいな展開ですよね。
この記事では、わたなべ麻衣さんの出身高校や大学、学生時代の素顔、芸能界に入るまでのリアルなストーリーをたっぷりご紹介しています。
彼女の意外な一面や、ちょっと不器用だけどまっすぐな人生の選択に、思わず共感してしまうかもしれませんよ。
わたなべ麻衣のプロフィール
- 名前:mai(旧芸名 わたなべ麻衣)
- 生年月日:1989年9月23日(2026年時点で36歳)
- 出身地:広島県広島市
- 身長:160cm
- 血液型:O型
- 活動ジャンル:モデル、タレント、女優、グラビア、リポーター
- ニックネーム:「インスタの女王」「ぷぅ顔」でブレイク
- 配偶者:JOY(タレント)と2019年に結婚
広島市で育った少女時代

いまや“インスタの女王”としても知られるわたなべ麻衣さん。
そんな彼女の原点は、広島県広島市にあります。
地方出身のタレントさんって、どこか親しみが湧きますよね。
彼女がどんな街で育ち、どんな日常を過ごしていたのか。
まずはその子ども時代に少しだけ足を踏み入れてみましょう。
幼少期のエピソード
1989年9月23日生まれのわたなべ麻衣さんは、広島市内で幼少期を過ごしました。
家庭の詳しい情報はあまり多くは語られていませんが、きっとにぎやかな家庭だったんじゃないでしょうか。
彼女の出身小学校や中学校の名前は、実は公式には明かされていません。
子ども時代の具体的なエピソードは少なめですが、のちに語られる高校時代の「毎日遊んでた!」という発言からも、きっと小さい頃から活発で好奇心旺盛な性格だったのかもしれません。
芸能界入りするまでは東京と無縁だった彼女。
まさか自分がモデルやタレントになるなんて、当時はこれっぽっちも思っていなかった。
そんな素朴な少女時代が、静かに広島で流れていたんです。
そんな彼女の人生がどう変わっていくのか。続く高校時代の話へと進んでいきましょう。
高校時代は“毎日遊び倒していた”青春期

広島でのびのびと育ったわたなべ麻衣さんですが、高校に進学してからは、まさに“青春ど真ん中”な毎日を送っていたようです。
おしゃれも遊びも全力投球。
今の洗練された雰囲気からはちょっと意外な一面が、高校時代にはあったんですよ。
廿日市西高校での生活指導との攻防と多彩なバイト歴
わたなべ麻衣さんが通っていたのは、広島県立廿日市西(はつかいちにし)高校。
地元・廿日市市にあるこの高校は、1983年に開校した共学校で、偏差値は45ほどとされており、比較的のびのびとした校風で知られています。
そんな学校での彼女の高校生活、ひとことで言うなら——
「遊びまくってた」時代。
インタビューでも「毎日遊んでた!」と笑いながら話していて、とくに教室でバレーボールをして先生に怒られたことを今でも覚えているそうです。
なんか、学生あるあるですよね。
ちょっとワルいことしてる気がして楽しい、あの感じ。
当時は髪を茶色に染めたりエクステをつけたりと、なかなか個性派なスタイルだったそうで、生活指導の先生にはしょっちゅう呼び出されていたとのこと。
でも、それも彼女なりの「自分らしさ」を出したい年頃だったのかもしれません。
部活には入っていなかったようですが、そのぶんバイトはとにかくたくさん経験していたんです。
ケーキ屋さん、ボウリング場、居酒屋、ファミレス、そして花屋まで。
かなり飽きっぽい性格だったそうで、「いろんなところで働いてみたかった」と語っています。
人と関わる仕事が多かったので、自然と接客スキルやコミュニケーション力も磨かれていったのかもしれませんね。
このときの経験が、のちに芸能界で活躍するうえでも活きているのかも。
“はっちゃけた”と言われる高校時代。
でもその裏には、好奇心旺盛で、自分の居場所を探していた等身大の女の子の姿がありました。
広島修道大学を中退し、人生の方向性に悩んだ20歳前後

高校を卒業したわたなべ麻衣さんは、そのまま地元の大学に進学します。
まわりの友達と同じように、“とりあえず大学”という選択をした人、多いんじゃないでしょうか。
でも彼女の場合、そこで立ち止まってしまう瞬間が訪れるんです。
華やかな今の姿からは想像できない、迷いに満ちた時期がありました。
大学生活での葛藤と「やりたいことが見つからない」現実
わたなべ麻衣さんが進学したのは、広島市安佐南区にある広島修道大学。
地元では知られた私立大学で、シンガーソングライターの吉田拓郎さんの母校としても有名です。
ただ、彼女がどの学部に在籍していたかは明かされておらず、具体的な専攻内容も公にはなっていません。
でも、そこで彼女が感じたことはハッキリしています。
「やりたいことが見つからなかった」
これ、すごくリアルじゃないですか?
進学してみたはいいけど、授業にピンとこない。
将来のビジョンもぼんやり。
まわりは就職や資格取得の話をしはじめているのに、自分だけ取り残されたような感覚。
彼女が中退を決意したのは、大学2年生の頃。
「ここにいても意味がない」と、自分の気持ちに正直になった結果だったそうです。
勇気がいったと思います。
だって、多くの人は「卒業までは続けたほうがいい」と言いますよね。
でも彼女は、それをあえて選ばなかった。
広島で大学を辞めたあと、1年間は働いてお金を貯めたそうです。
どこかに明確なゴールがあったわけじゃない。
でも、「何か変えたい」という気持ちだけは、ずっと心の中にあったのかもしれません。
そして21歳のとき、「とりあえず東京に行ってみようかな」と、なんと“ノリ”で上京するんです。
その先でどんな展開が待っているのか——当時の彼女には、想像もつかなかったはず。
でも、あのとき迷って悩んだからこそ、今の彼女がある。
そう思うと、遠回りも悪くない気がしませんか?
「ノリ」で上京、そしてスカウトされて芸能界入り

大学を中退したあと、広島で1年ほど働いてお金を貯めたわたなべ麻衣さん。
多くの人なら、地元で安定した就職を考えるかもしれません。
でも彼女は、ちょっと違いました。
「とりあえず、東京行ってみようかな」。
そんな“ノリ”のような感覚で、人生を大きく動かしていくんです。
この一歩が、後に大きな転機になるとは、本人もまだ気づいていなかったはず。
原宿での偶然の出会いと“インスタの女王”誕生秘話
上京した当初、彼女が最初に就いたのはアパレル関係の仕事。
芸能界とはまったく縁のない、普通の社会人としてのスタートでした。
でもその翌年、たまたま歩いていた原宿で、あるスカウトに声をかけられます。
「モデル、興味ない?」
そんな軽いひと言から始まった話でしたが、最初はめちゃくちゃ疑っていたそうです。
というのも、最初の接触はなんとFacebookからのメッセージ。
「これ絶対詐欺だろうって思いました(笑)」と、のちに本人が語るほど。
お母さんにも「怪しいからやめなさい」と止められたそうで、最初は無視していたとか。
でも、何度も連絡をくれる相手の熱意に心が動いて、ついに会ってみることに。
このとき、麻衣さんはまだ芸能界に興味なんてまったくなし。
スカウトを受けた理由も、「キレイにしてもらえるし、お小遣いもらえるならいいかも」くらいの軽い気持ちだったんだとか。
最初に始めたのは、原宿のサロンモデル。
そこからファッション誌『ar』の読者モデルとしての活動がスタートします。
そしてここから、想像以上の反響を呼ぶことになります。
当時はまだ今ほど一般的じゃなかったInstagramで、彼女の写真がじわじわと話題に。
丸い目元に、ぷぅっと膨らませた口。
この“ぷぅ顔”が「かわいすぎる!」と注目を集め、瞬く間にフォロワーが急増。
いつしか「インスタの女王」と呼ばれるようになったんです。
知ってました? 芸能事務所に正式に入る前から、彼女はSNS上ですでに「憧れの存在」になっていたんですよ。
まさに、何気ない“ノリ”の上京が、人生を変えた瞬間。
原宿の路地での偶然の出会いが、彼女を表舞台へと引っ張り出してくれたわけです。
ちょっとした選択で未来が変わることって、ほんとにあるんですね。
グラビアデビューが転機に、マルチな芸能活動へ

「インスタの女王」として注目を浴びたわたなべ麻衣さん。
でも、彼女の芸能人生が本格的に動き出したのは、ある“挑戦”がきっかけでした。
最初は戸惑いながらも飛び込んだグラビアの世界。
そこで得たものが、彼女をタレント・女優・モデルと、マルチに活躍する存在へと押し上げていったんです。
自分のコンプレックスを武器に変えた決意と挑戦
2015年、わたなべ麻衣さんはグラビアに初挑戦します。
このとき、彼女にとっては大きな“壁”がありました。
実は、昔から自分の胸の大きさがコンプレックスだったそうなんです。
夏になると、目立たないようにさらしを巻いて隠したり、ぶかぶかの服ばかり着たりしていたというから驚きですよね。
それくらい、自分の体に自信がなかった。
さらに、当時のファンは女性が多く、「グラビアなんかやったら、女の子のファンが離れちゃうんじゃないか…」とすごく不安だったそうです。
でも、そんな彼女の背中を押したのが、グラビアのプロデューサーの熱い一言。
「これがきっかけで、絶対に売れるから」
その言葉を信じて、勇気を振り絞って挑戦することに。
結果はというと…大成功。
水着姿でも、“いやらしさ”ではなく「かわいくておしゃれ」と評判に。
同性のファンからも、「むしろ好感度上がった!」という声が多く届いたんです。
なんか、うれしい話じゃないですか?
自分のコンプレックスを隠すんじゃなくて、武器にするって、簡単なようでめちゃくちゃ勇気のいること。
でも、わたなべ麻衣さんはそれをやり切った。
そしてこのグラビアデビューをきっかけに、テレビドラマ『植物男子ベランダー』で女優としてもデビュー。
さらに情報番組『ZIP!』のリポーターや、雑誌・広告など幅広い分野で活動するようになっていきます。
“ただのSNSの人”で終わらなかった理由。
それは、怖がりながらも一歩踏み出した「覚悟」と「行動力」があったからなんですよね。
あの一歩がなければ、今のマルチな活躍はなかったかもしれません。
まとめ
- わたなべ麻衣さんは広島市で育ち、地元の高校・大学に進学
- 青春を謳歌した高校時代から、迷いの大学生活を経て上京
- グラビア挑戦をきっかけに、モデル・女優・タレントとして活躍中
わたなべ麻衣さんのこれまでの歩みは、一見すると順調に見えるかもしれません。
でも実際は、迷ったり立ち止まったり、勇気を出して挑戦したり。
そのひとつひとつの選択が、今の彼女を作ってきたんですよね。
とくに印象的なのは、「ノリで上京」や「グラビアは恥ずかしかった」といった、ちょっとした本音。
遠回りに見える道でも、自分らしく突き進むって、やっぱりかっこいいなって思いました。
これからも、きっとまだまだ進化していくはずです。


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