与田祐希さんの学歴や経歴って、ちょっと気になりませんか。
全校児童20人という小さな島で育った女の子が、どうやって16歳で4万人超えの激戦を勝ち抜いたんでしょう。
福岡・志賀島での幼少期から、地元高校を経て日出高校への転入、そして乃木坂46でのセンター経験を経て、今は主演女優として活躍するまでの道のり。
この記事では、与田さんの学生時代のエピソードや、アイドルとしての8年半の軌跡、さらに卒業後の新たな挑戦まで、時系列でまとめています。
読み終わる頃には、「あの透明感ある魅力の秘密」が見えてくるはずです。
与田祐希のプロフィール
- 名前:与田祐希(よだ ゆうき)
- 生年月日:2000年5月5日(こどもの日)
- 年齢:26歳(2026年5月現在)
- 出身地:福岡県福岡市東区志賀島
- 身長:153cm
- 愛称:与田ちゃん
- 所属グループ:元乃木坂46
与田祐希さんは、2000年5月5日、こどもの日に福岡県福岡市東区の志賀島で生まれました。
志賀島といえば、歴史の教科書にも出てくる「漢委奴国王印」が見つかった場所として有名ですよね。
福岡市の中心部から少し離れたこの島で、与田さんは幼少期を過ごします。
博多の街中とはちょっと違う、海と緑に囲まれた、のんびりした環境だったようです。
全校児童20人の田舎小学校で自然と共に育つ

全校児童20人って数字、改めて聞くとインパクトありませんか。
本人もインタビューで「全校児童20人くらいの田舎の小学校に通っていました」と話しています。
1クラスに4〜5人しかいない小学校って、なかなか想像できないですよね。
全校で20人ということは、先生も生徒も、全員の顔と名前がわかるような世界。
「先生も少人数だから一人一人のことをよく覚えてくれていた」と振り返っています。
名前はもちろん、ちょっとした表情の変化にもすぐ気づいてもらえる環境。
都会の大きな学校では、なかなか経験できない距離感ですよね。
運動会や学芸会も、人数が少ないからこそ、一人ひとりが大事な戦力になります。
全員で力を合わせて、どうやって盛り上げるかを考える。
島の行事に参加したり、海辺で遊んだりしながら、地域全体で子どもたちを見守る雰囲気もあったはずです。
今の与田さんを見ていると、「どこか懐かしい感じがする」と言われることがありますが、その理由はこの志賀島での生活にあるのかもしれません。
自然の中で、顔なじみの人たちに囲まれて育った女の子が、そのままの素朴さを持って東京にやってきた。
そう思うと、なんだかグッときませんか。
乃木坂46オーディションに挑戦

与田さんが「芸能界に入りたい」と思い始めたのは、小学生の頃だったそうです。
テレビや雑誌の中でキラキラしているアイドルを見て、「自分もあっち側に行ってみたい」と感じたんでしょうね。
学校に通いながら、2016年の春、乃木坂46の3期生オーディションに応募しました。
まだまだ16歳という若さでしたが、目標に向かって一歩踏み出す勇気があったんですね。
友達と遊んだり部活をしたりする普通の毎日の中で、「東京に行くかもしれない挑戦」を選ぶ。
そう簡単に決断できることじゃないはずです。
実はこのオーディション、乃木坂46にとって約3年ぶりの新メンバー募集でした。
48,986人の中からオーディション合格を勝ち取る
2016年の3期生オーディションの応募総数は48,986人。
3期生オーディションは、乃木坂46の歴史の中でも特に激戦だったと言われています。
1期生の応募総数が38,934人、2期生が16,302人。
それを大きく上回る48,986人が3期生に挑戦したわけですから、グループの人気が一気に高まっていたタイミングだったんですよね。
この数字、本当にすごいですよね。
福岡PayPayドームの満員約40,000人より多い人数が応募して、その中から選ばれたのはたった12人だけ。
倍率を考えると、ほとんど奇跡に近い世界ですよね。
16歳で受験した与田さんは、当時から「透明感がすごい」と関係者の間で話題になっていたそうです。
芸能界の経験はなくても、素の状態でステージに立った時に目を引く何かがあったんでしょうね。
いわゆる「原石感」というやつです。
まだ磨かれていないけれど、光る素質をはっきり感じさせる存在。
だからこそ、厳しいオーディションの中でも、審査員の目に止まったんだと思います。
合格発表は2016年9月4日。
与田さんは16歳での加入となりました。
長い審査期間のあいだ、不安になりながらも、自分の将来と向き合って一つ一つの審査を乗り越えていったんですね。
「合格だよ」と知らされた瞬間、きっと頭の中には、家族や友達、志賀島の景色が一気によみがえったはずです。
福岡の小さな小学校から始まった日常が、この日をきっかけに大きく動き出しました。
島で育った女の子が、いよいよ全国区のアイドルとして歩き始めることになったわけです。
福岡県内の高校から日出高校へ

オーディションに合格したものの、与田さんはまだ高校に通う年齢でした。
普通の16歳と同じように、進路や勉強のことも考えなければなりません。
元々は福岡県内の高校(ネット上では福岡県立玄界高校と言われているようです)に入学していたと言われています。
地元の友達と一緒に通学して、放課後は部活や寄り道を楽しむ。
そんな「ごく普通の高校生活」を送る予定だったはずです。
でも、乃木坂46の活動拠点は東京。
レッスンや収録、ライブなどの仕事があるたびに、福岡から東京へ通うのは現実的ではありません。
体力的にも精神的にも、16歳にはかなり厳しい距離ですよね。
そこで与田さんは、大きな決断をします。
上京して、東京の高校に転入する道を選んだんです。
選んだのは、芸能コースで知られる公式プロフィール等でも知られる日出高校(現・目黒日本大学付属高等学校)の通信制。
多くの芸能人やアスリートが通っていることで有名です。
通信制なら、仕事のスケジュールに合わせて自分のペースで勉強できるので、アイドル活動との両立がしやすいんですね。
福岡を離れて、一人で東京に出るというのは、16歳にとってはものすごく勇気のいる選択。
それでも「乃木坂46としてやっていく」と腹をくくったからこそ、日出高校への転入を決めたんだと思います。
アイドル活動と両立した高校生活の過ごし方
通信制高校に転入したからといって、決して「楽になった」わけではありません。
むしろ、自己管理ができないとすぐに授業や課題がたまってしまう世界です。
与田さんは、乃木坂46の活動と学業を両立させながら、高校3年間を走り抜けました。
本人もインタビューで「朝早く起きて学校に行って、レッスンに行って、帰ってきて課題をやる」という生活をしていたと話しています。
地方から出てきたばかりの16歳が、いきなり東京でそんなスケジュールをこなしていたと考えると、本当にタフですよね。
日出高校には、同じように芸能活動をしているクラスメイトも多かったはずです。
ドラマ撮影帰りの生徒や、スポーツの遠征から戻ってきた生徒が同じ教室にいる環境って、ちょっと不思議で面白くないですか。
そうした仲間たちと過ごした時間も、与田さんにとって大きな刺激になったでしょう。
2019年には無事に高校を卒業。
忙しい仕事の合間をぬって単位を取り続けた結果です。
「普通の高校生活」とは少し違ったかもしれませんが、そのぶん、時間の使い方や自分との向き合い方を早い段階で学んだのかもしれません。
この頃に身につけた「コツコツ続ける力」が、今の女優業にも生かされている感じ、なんとなく伝わってきますよね。
乃木坂46の3期生として芸能界デビュー
2016年9月4日。
この日は、与田さんの人生にとって忘れられない日になりました。
乃木坂46の3期生お披露目イベントで、12人の新メンバーの一人としてステージに立ったんです。
「福岡から来た16歳の新メンバー」として紹介された与田さん。
緊張した面持ちながらも、どこか堂々とした雰囲気もあって、「この子は化けそうだな」と感じたファンも多かったようです。
3期生は、「乃木坂46の未来を担う世代」として大きな期待を背負っていました。
1期生が土台をつくり、2期生がその幅を広げてきたグループに、新しい風を吹き込む存在として迎えられたわけです。
お披露目から間もなく、3期生だけの公演「3期生単独ライブ」が開催されます。
ダンスもトークも、すべてが初めてづくし。
リハーサルでは、慣れない振り付けやフォーメーションに苦戦して、何度も泣きそうになったこともあったといいます。
それでも本番のステージでは、しっかりとやり切るのが乃木坂46の3期生。
与田さんも、その中心で一生懸命パフォーマンスしていました。
テレビ番組「乃木坂工事中」に初登場したときも、「ちょっとおっとりしてるけど芯が強そう」という印象を持った人が多かったようです。
この日から、与田祐希という名前は、全国のアイドルファンに知られていくことになります。
ちっちゃいけど色気はあるとよ!
お披露目の場でマイクを手にし、「福岡県出身、16歳、与田祐希です」と自己紹介。
初期のキャッチフレーズは「ちっちゃいけど色気はあるとよ!」でした。
福岡弁まじりで、身長153cmという小柄さを逆手に取りながら、大人っぽさもアピールするフレーズです。
「ちっちゃいのに色気がある」というギャップは、当時からすでに武器になっていたんですね。
3期生の中でも特に小柄だった与田さんですが、その存在感は決して小さくなかったはずです。
むしろステージに立つと、ぱっと目を引く不思議なオーラがありました。
加入から1年も経たないうちに、シングル「逃げ水」でセンターに大抜擢されることになるのも、「この子は行ける」という確信を運営が持っていたからでしょう。
48,986人の中から選ばれた16歳が、ここから乃木坂46の中心へと駆け上がっていくことになります。
約8年半の乃木坂46活動 センターから卒業までの軌跡
与田さんが乃木坂46で活動した期間は、約8年半。
アイドルとしてはかなり長い時間を、グループと共に過ごしました。
2016年9月に3期生として加入し、そこから高校生活、成人、そして20代前半までをメンバーとして歩んでいます。
その間に経験したことは、本当に多岐にわたります。
2017年の18枚目シングル「逃げ水」では、大園桃子さんとともにダブルセンターに抜擢。
加入からわずか1年足らずでのセンター起用は、当時大きな話題になりました。
それ以降も選抜常連として、多くのシングルでフロントや目立つポジションを任されていきます。
一方で、ソロとしても活躍の場を広げていきました。
ファッション誌『MAQUIA』『bis』のレギュラーモデルとして、コスメやファッションの仕事も多数こなします。
透明感のあるビジュアルと、どこか親しみやすい雰囲気が、モデルとしても評価されたんですね。
ラジオ番組のパーソナリティ、バラエティ番組への出演、さらにはドラマや映画での演技にも挑戦。
1冊目の写真集はもちろん、その後の写真集も大きな話題になりました。
そうした一つひとつの仕事を積み重ねながら、気づけば乃木坂46の「顔」の一人として認識される存在に。
メンバーの卒業が相次ぐ中でも、与田さんは3期生の主力として、グループを支え続けました。
「逃げ水」で初センター 中心メンバーとして活躍
2017年7月、与田さんのアイドル人生にとって、もう一つの大きな転機が訪れます。
乃木坂46の18枚目シングル「逃げ水」で、3期生の大園桃子さんとともに初のWセンターに選ばれたんです。
加入から1年も経っていない中でのセンター抜擢。
ファンの間でも「誰がセンターになるんだろう?」と注目されていたタイミングだったので、「3期生の2人」という発表はかなり衝撃的でした。
「逃げ水」は、夏の終わりの少し切ない雰囲気をまとった楽曲。
どこか遠くに行ってしまうような、はかなさを感じさせるメロディーが印象的です。
ミュージックビデオでは、与田さんの透明感ある表情がしっかり映し出されていて、「センターってこういう存在なんだ」と感じさせてくれました。
このシングルをきっかけに、「次世代エース」「3期生エース」という言葉が与田さんの名前とセットで語られるようになります。
その後もシングル選抜の常連として、フロントポジションを任されることが増えました。
2020年代に入ると、同期の山下美月さん、久保史緒里さんたちと一緒に、乃木坂46の新しい時代を引っ張る立場に。
1期生・2期生の卒業が進む中で、3期生がグループを支えていく構図がはっきりしていきます。
2025年1月に卒業を発表した時、ファンはもちろん、メンバーもみんな泣いたんじゃないかな。
「与田祐希のいる乃木坂46」に慣れきっていたからこそ、その卒業は一つの時代の終わりを感じさせる出来事でした。
2025年2月卒業後の現在 ドラマ主演など女優業で躍進中
2025年2月、約8年半在籍した乃木坂46を卒業した与田さん。
卒業後は、女優としての活動に力を入れ始めます。
アイドル時代からドラマや映画に出演していましたが、「これからは本格的に演技で勝負していく」という決意が伝わってくる流れです。
卒業からそれほど間をあけずに、ドラマの出演情報が次々と解禁されていきました。
「死ぬまでバズってろ!!」地上波ドラマ初主演
2025年10月16日から放送された「死ぬまでバズってろ!!」は、与田さんにとって乃木坂46卒業後初の地上波ドラマ主演作になりました。
物語の主人公・浅野加菜子は、「バズること」に人生をかけるSNSインフルエンサー志望の女の子。
フォロワー数や「いいね」に一喜一憂しながら、自分の価値を見つけようともがいていきます。
SNS全盛の今っぽいテーマですよね。
実際に与田さんもInstagramなどで大きな人気を持っていますし、「バズる」「数字が見える」という感覚は、本人にもどこか重なる部分があったのかもしれません。
主演ドラマの現場では、共演者たちと笑顔で交流している様子がSNSにアップされていました。
和気あいあいとした雰囲気の中で撮影が進んでいたようです。
アイドルから女優へと軸足を移すタイミングで、いきなり主演を任されるのはプレッシャーも大きかったはず。
それでも、現場では堂々と芝居に向き合っていたといいます。
そして2026年4月からの「君が死刑になる前に」では、加藤清史郎さん主演の本格サスペンスに参加。
与田さん演じる月島凛は、物語の緊張感を高める重要なポジションです。
乃木坂46時代から「演技の仕事が好き」と話していた与田さん。
卒業後、その言葉通りに女優として着実にステップアップしている姿を見ると、「ここからさらに化けそうだな」と期待したくなりますよね。
まとめ
- 福岡・志賀島の全校20人の小学校で自然に囲まれて育った素朴な少女時代
- 16歳で48,986人の中から乃木坂46に合格し、「逃げ水」センターなど約8年半活躍
- 2025年卒業後はドラマ主演を務めるなど、女優として新たな挑戦を続けている
こうして振り返ると、与田さんの歩みって本当にすごくないですか。
海に囲まれた小さな島から、全国のアイドルファンに愛される存在になって、今度は女優として主演ドラマを任される。
「ちっちゃいけど色気はあるとよ!」と福岡弁で自己紹介していた16歳が、こんなに大きく羽ばたいているなんて。
でも、どんなに活躍しても変わらない自然体な魅力があるのは、やっぱり志賀島で過ごした温かい時間があったからなんでしょうね。
これからの与田祐希さんの新しい挑戦、一緒に応援していきたくなりませんか。




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