「丸高愛実さんって、どんな学校に通ってて、どういう経歴なんだろう?」
テレビでよく見かけるのに、意外とそういう部分って知られてなかったりしますよね。
実は学生時代から現在まで、想像以上にドラマチックな人生を歩んできた人なんです。
この記事では、地元での学生時代から芸能界への飛び込み方、そして母として奮闘する今の姿まで、彼女の歩みをざっくりと紹介していきます。
読み終わる頃には、きっと「こうやって今の彼女ができたんだな」と、自然と応援したくなるはずです。
丸高愛実の基本プロフィール

- 名前:丸高 愛実(まるたか まなみ)
- 愛称:まなみん
- 生年月日:1990年6月12日
- 出身地:東京都小金井市
- 身長:164cm
- 血液型:O型
- 所属事務所:エイベックス・マネジメント・エージェンシー
- 主な活動:タレント/女優/グラビア/DJ
- 趣味:DJ・ダンス・スポーツ全般
- 特技:即興ソング・フラフープをしながら〇〇!!・けん玉・腕ぐるり・縄跳び・テニス
- 配偶者:柿谷曜一朗(元プロサッカー選手・元日本代表)
スタイルの良さがグラビア時代から注目を集めてきました。
実家は東京都小金井市でコーヒー店兼喫茶店を営んでいます。
ちなみに長年コーヒーが飲めなかったそうですが、出産を経てようやく飲めるようになったというエピソードも、なんか人間らしくて親近感がわきます。
丸高愛実の学歴
芸能人の学歴って、意外と知られていないことが多いもの。
丸高愛実さんも、ファンでも「どの学校に通ってたの?」と知らない方は少なくないと思います。
生まれ育った東京都小金井市の学校を歩んできた丸高さん。
高校卒業後は、持ち前の行動力と存在感を武器に、芸能界の道へと本格的に踏み出していくことになります。
まず小学校は、地元の小金井市立緑小学校を卒業していると言われています。
続く中学校についても、地元の小金井市立緑中学校を卒業していると言われています。
小学校・中学校時代は硬式テニス部に所属していたそうです。
現在でも地元である東京への愛着は深く、当時の経験や友人との絆が、多忙な芸能生活を支える彼女のベースを作っているのかもしれません。
高校時代はダンス部に所属しており、後のDJ・ダンス活動の原点がここにあると言えそうです。
10代から芸能界の道へ一直線に進んだ背景には、激戦のオーディションを勝ち抜くための確固たる準備と、独自の道を切り拓く強い覚悟があったことが窺えます。
激戦のオーディションを制した2009年のデビュー
芸能界デビューのきっかけって、人によって本当にさまざまですよね。
丸高愛実さんの場合は、まさに「激戦を勝ち抜いた」という言葉がぴったりのデビューストーリーがあります。
2009年、彼女は当時まだ18歳。
週刊プレイボーイとエイベックスが共同で開催したグラビアアイドル発掘オーディション「TOP OF GRAVURE」で、見事グランプリを受賞し頂点に立ちました。
18歳ギャル時代から掴んだグランプリ受賞の背景
実はデビュー前の2008年、丸高さんは「avex WORLD AUDITION 2008」に歌手モデルとして挑戦し、最終審査まで進出した経歴を持っています。
その翌年、改めて挑んだのが「TOP OF GRAVURE」でした。
本人は後に「バリバリギャルでした」と笑いながら当時を振り返っています。
「エイベックスなら採ってくれんだろうという勝手な分析で受けました」という言葉が、なんともリアルで面白いですよね。
しかし事務所側からは採用後、イメージチェンジを遠回しに提案されたというエピソードも。
「丸高のちょっと黒髪…そういうのがみんな見たいと言われ始めてる」と告げられたといい、「結局エイベックスもそういう感じなんだって思った記憶があります」と率直に打ち明けています。
数多くの応募者をかき分けてトップを獲ったのは、ギャルのままでも揺るがない存在感があったからかもしれません。
ロンドンハーツ出演から始まった本格的なブレイク

グラビアでデビューした後、丸高愛実さんは順調にキャリアを積み上げていきます。
テレビ、雑誌、映画——と活躍の場を広げていくなかで、一気に知名度を押し上げるターニングポイントとなったのが、2012年のある番組出演でした。
知ってました? あの人気バラエティへの出演が、その後の芸歴を大きく変えていくことになるんです。
グラビアから女優・DJ活動へと広げた多彩な芸歴
2012年、テレビ朝日の人気バラエティ番組『ロンドンハーツ』に出演したことで、丸高さんのブレイクが加速します。
その後は『志村けんのバカ殿様』(フジテレビ)などの人気番組にも出演を重ね、バラエティタレントとしての地位を確立しました。
その後は『ヤングマガジン』(講談社)をはじめとする数多くの週刊誌で表紙を飾り、グラビアアイドルとしての人気も最高潮に達しました。
一方で、女優としてもドラマや映画への出演を重ねていきます。
2015年公開の映画『新宿スワン』への出演も、女優としての幅の広さを印象づけました。
さらに忘れてはならないのがDJ活動で、デビューわずか数か月後の2009年10月には、初のDJツアーを全国4か所で開催するという積極的な一面も見せています。
グラビア・バラエティ・女優・DJ——それぞれのジャンルをまたいで存在感を示せる器の大きさが、丸高愛実さんの最大の武器といえるでしょう。
サッカー元日本代表・柿谷曜一朗との結婚と現在
芸能人とスポーツ選手のカップルって、なんか特別な輝きがある気がしませんか。
丸高愛実さんと、元プロサッカー選手で元日本代表の柿谷曜一朗さんの結婚は、2016年に発表され大きな話題になりました。
柿谷さんは2024年シーズンをもって現役を引退しており、夫婦二人三脚で歩んだ現役生活も広く支持されています。
その後の2人は、ともに拠点を移しながら家族の時間を大切にする生活を選んでいます。
タレント業も続けながら3人の子育てをこなす姿が、多くのファンから注目されています。
2016年の結婚から3人の子育てとタレント業の両立
2016年12月8日、丸高愛実さんとセレッソ大阪所属(当時)の柿谷曜一朗さんの結婚が公表されました。
夫の柿谷さんは2025年1月に現役引退を発表しましたが、その際にも丸高さんはSNSで「19年間お疲れ様」と温かい労いの言葉を送り、夫婦の絆の深さが大きな反響を呼びました。
2年半の交際期間を経てのゴールイン。
その後、柿谷選手の移籍に合わせて、大阪から名古屋(2021年・名古屋グランパス移籍時)、そして徳島(2023年・徳島ヴォルティス移籍時)へと家族で転居を繰り返しています。
子どもは、2018年11月に長女、2021年6月に次女、2024年8月に長男が誕生し、現在3人の母親です。
徳島移住後は四国放送の情報番組『ゴジカル!』の木曜レギュラーとしても活躍。
2025年11月には夫婦揃って「第18回ペアレンティングアワード ヒト部門」を受賞するなど、互いに支え合いながら子育てと仕事を両立する姿が令和の「理想のチーム育児」として高く評価されています。
引っ越しのたびに新しい環境に適応しながら、それでも自分の活動を続けてきたたくましさが、丸高愛実さんらしさのひとつと言えそうです。
まとめ
丸高愛実さんって、知れば知るほどパワフルな女性ですよね。
18歳のギャル時代にオーディションで頂点に立ったデビューから、『ロンドンハーツ』でのブレイク、そして女優やDJ活動まで幅広く展開してきました。
2016年の結婚後は、夫の移籍に合わせて大阪、名古屋、徳島と家族で転居を繰り返しています。
それでも3人の子どもを育てながらタレント活動を続け、夫婦でペアレンティングアワードを受賞する姿は本当にたくましく、多くのパパママ層から支持を集めています。
環境が変わっても自分らしく輝き続ける丸高さんの今後が、なんか楽しみになりませんか。


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