梶裕貴さんって、最初からスター声優だったわけじゃないって知ってました?
実は埼玉で過ごした学生時代から、バイト漬けのどん底生活を経て、今の地位を築いているんです。
この記事では、そんな梶さんの学歴や経歴を、幼少期から声優アワード連続受賞まで時系列でまとめました。
読み終わる頃には、あの熱い演技の原点がどこにあるのか、きっと納得できるはずです。
梶裕貴のプロフィール
- 名前:梶裕貴(かじ ゆうき)
- 生年月日:1985年9月3日
- 出身地:東京都生まれ、埼玉県坂戸市育ち
- 職業:声優・ナレーター・俳優
- 所属事務所:ヴィムス(2026年退所予定、独立へ)
- 代表作品:
『進撃の巨人』エレン・イェーガー役
『七つの大罪』メリオダス役
『僕のヒーローアカデミア』轟焦凍役
『黒執事』フィニャン役
『おおきく振りかぶって』阿部隆也役
1985年9月3日、東京都で生まれた梶裕貴さん。
実はすぐに埼玉県坂戸市に引っ越してきて、そこで幼稚園から高校までを過ごしたんです。
東京生まれだけど、育ちは埼玉。
この「東京都出身・埼玉県育ち」という点は、後に坂戸市のふるさと大使に任命される縁にもつながっていきます。
さて、幼少期の梶さんはどんな子供だったのでしょうか。
意外なことに、とにかく夢が多かったんです。
いろいろな夢を持つのが好きな子どもでした。
サッカー選手になりたいと思ったらボールしか蹴りたくない、漫画家になりたいと思ったら絵しか描きたくないというように、極端なまでに一つのことに夢中になりつつも、どんどん新しいものに興味が湧いてしまう好奇心旺盛な性格だったようです。
ごっこ遊びも大好きで、特に戦隊ヒーローのレッド役を演じるのがお気に入り。
「いくぞ!」「オー!」の掛け声を言いたくてたまらなかったとか。
今思えば、こうした「キャラクターを演じることへの喜び」が、後の声優という職業への第一歩だったのかもしれませんね。
幼少時代と声優を目指した原点
中学2年生の時、とあるきっかけが梶さんの人生を大きく変えます。
「声優という職業は、どんな努力も全部自分の力になって帰ってくる職業だよ」という言葉に出会ったんです。
この一言が、梶さんにとっての絶対的な転換点となりました。
今まで「サッカー選手と漫画家、どっちにしよう」と悩んでいた自分。
でも、声優なら「やりたいことを一つに絞らなくていい」。
サッカーで培った体力やチームワーク、漫画を描くことで鍛えた表現力……これらが全部無駄にならないんだ。
そう思った瞬間、梶さんの中で「声優になりたい」という気持ちが一気に固まっていきました。
好奇心旺盛な自分のまま、真っ直ぐな熱意のまま頑張っていける職業。
それが声優だったんです。
なんか、わかる気がしませんか?
自分の好きなことを全部詰め込める仕事って、魅力的じゃないですか。
この時から、梶さんは本気で声優を目指し始めました。
学歴遍歴|坂戸市立勝呂小中学校から坂戸高校まで

では、梶さんの学歴を時系列で見ていきましょう。
まず、幼稚園や小学校、中学校の学校名については公式には明かされていませんが、ネット上の噂では埼玉県坂戸市立勝呂(すぐろ)小学校、坂戸市立住吉中学校に通っていたと言われているようです。
埼玉県坂戸市立勝呂(すぐろ)小学校
坂戸市立住吉中学校
中学時代はテニス部に所属していました。
そして高校については公式プロフィールにも記載されている通り、埼玉県立坂戸高等学校へ進学し卒業しています。
埼玉県立坂戸高等学校
これで小中高すべてを坂戸市内で過ごしたと言われています。
地元に愛着が湧くのも当然ですよね。
ちなみに、高校卒業後は大学には進学していません。
代わりに、もっと大事な「道」に進むことになります。
それについては次の章で詳しくお話ししますね。
埼玉県立坂戸高等学校での演劇部活動
高校生活で特筆すべきなのは、演劇部への所属です。
梶さんは高校時代、演劇部で活動していました。
そして、この演劇部での仲間が、後に人生を大きく変えるきっかけを与えてくれるんです。
高校時代、2003年にポニーキャニオン主催のオーディションに参加し、ファイナリスト賞を受賞しました。
この受賞が大きな転機となり、後の声優デビューへの道を切り開いていくことになります。
高校生ながら学業と両立し、夢に向かって走り始めたんです。
この頃から、梶さんの「声優になる」という決意は本物だったんだなって、想像できますよね。
声優デビューまでの道|日本ナレーション演技研究所での研鑽

高校在学中の2003年にポニーキャニオン主催のオーディションでファイナリスト賞を受賞したのち、一人暮らしの上京生活を始めました。
養成所では、同じ夢を追う仲間たちと切磋琢磨する日々。
下積み時代は経済的にも精神的にも厳しく、本当に「どん底」だったと語っていますが、そんな中でもデビューへの機会を伺い続けました。
レッスン以外の時間はほぼすべてアルバイトに費やす生活。
バイトのために生きているような状態で、とてもしんどかったと後に振り返っています。
所属事務所も大きな事務所で、先輩声優たちの活躍がまぶしいばかり。
でも自分は「事務所内でのオーディションを受ける候補」にすら入れていない。
「チャンスをつかむためのチャンスすらない」という閉塞感。
同期が次々と現場に呼ばれていく様子を横目で見ながら、焦燥感と羨ましさで、どんどん自己嫌悪が強くなっていったそうです。
でも、諦めずに続けました。
その甲斐あって、2004年11月、ついにゲーム『帝国千戦記』で声優デビューを果たします。
この時、梶さんは18歳。
高校を卒業したばかりの、まだまだ若い新人でした。
デビュー初期の活躍|2004年ゲーム『帝国千戦記』からTVアニメ進出まで
2004年11月、ゲーム『帝国千戦記』での声優デビュー。
でも、デビューしたからといってすぐに仕事が来るわけではありません。
デビュー後も、下積みの日々は続きました。
梶さんは、オーディションに次々と落ちていく経験を重ねます。
初めて最終審査まで進んだオーディションでは、50%の確率で受かると思い込んでいたのに落選。
留守番電話に「梶さん、とても惜しいところまで進んだんですが、今回は残念な結果となりました」というメッセージが入り、落ちるところまで落ちた気持ちになったそうです。
でも、そんな中でもチャンスは必ず来ます。
『ふしぎ星の☆ふたご姫』でのTVアニメデビュー
2006年、『ふしぎ星の☆ふたご姫』でテレビアニメデビュー。
この作品では、キャラクターの声を演じる機会を得ました。
ゲームでのデビューから2年。
やっとテレビアニメの現場に立つことができたんです。
その後も、多くのアニメ作品に出演し、着実に経験を積んでいきます。
この頃から、梶さんの声は少しずつ業界に認められ始めていました。
ブレイクと受賞歴|第3回声優アワード新人賞から主演男優賞連続受賞まで

そして2009年、大きな転機が訪れます。
第3回声優アワードで新人男優賞を受賞したんです。
新人賞受賞は、声優にとって大きな一歩。
これは業界からの正式な認めであり、これまでの努力が報われた瞬間でした。
新人賞受賞後、梶さんの仕事は一気に増えていきます。
『黒執事』のフィニャン役、『おおきく振りかぶって』の阿部隆也役など、注目作への出演が相次ぎます。
そして2013年、さらに大きな快挙を成し遂げます。
第7回声優アワードで主演男優賞を受賞。
そして翌2014年、第8回声優アワードでも主演男優賞を受賞。
歴史上初となる主演男優賞の2年連続受賞を達成したんです。
「魂を、心臓を捧げて頑張っていきたい」という受賞スピーチは、今も多くのファンの心に残っています。
声優アワード主演男優賞連続受賞の快挙
2013年と2014年、声優アワード主演男優賞を2年連続で受賞。
これは梶さんが初めて達成した快挙でした。
受賞理由となった作品は、『進撃の巨人』のエレン・イェーガー役や『七つの大罪』のメリオダス役など。
これらの作品は、いずれも大ヒット作。
梶さんの演技が、作品の世界観を大きく引き上げていたことが評価されました。
特に『進撃の巨人』のエレンは、梶さんの代表作として今も語り継がれています。
「心臓を捧げよ」というエレンのセリフは、まさに梶さん自身の声優人生を象徴するものでもありますよね。
梶裕貴の最新活動|『悪魔くん』『忘却バッテリー』など話題作への出演
さて、ここからは梶さんの最新活動をご紹介します。
梶さんはますます活躍の場を広げています。
2024年には『異修羅』の柳の剣のソウジロウ役、『僕の心のヤバイやつ』の鵠沼直役などに出演。
そしてTVアニメ『忘却バッテリー』では山田太郎役として出演するなど、話題作への参加が続いています。
声優活動だけでなく、舞台やナレーション、さらにはAI音声プロジェクト「そよぎフラクタル」にも取り組むなど、多方面で活躍中です。
2026年には所属事務所ヴィムスを退所し、独立して新たな一歩を踏み出しました。
『進撃の巨人』完結編や『僕のヒーローアカデミア』劇場版での活躍
2024年には『劇場版「進撃の巨人」完結編 THE LAST ATTACK』が公開。
エレン・イェーガー役として、長い歴史に幕を下ろした作品への参加は、梶さんにとっても特別なものだったことでしょう。
また、『僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ユアネクスト』では、轟焦凍役として出演。
長年続く人気シリーズの劇場版での活躍は、梶さんの人気と実力の証です。
さらに、『ツキウタ。』劇場版 RABBITS KINGDOM THE MOVIEなど、音楽関連の作品にも積極的に参加。
声優としての幅広さを、さらに広げています。
梶裕貴さんは、幼少期の多感な夢を抱えた少年から、今や日本を代表する声優へと成長しました。
その道のりは、決して平坦ではありませんでした。
でも、諦めずに続けたからこそ、今がある。
そんな梶さんの物語は、これからも続いていきます。
まとめ
- 東京生まれ埼玉育ちの少年が、中学時代に「声優」という天職と出会い人生が動き出した
- 下積み時代のどん底を乗り越えて、声優アワード主演男優賞を史上初の2年連続受賞という快挙を達成
- 2026年に独立を果たし、今もなお第一線で新作に挑み続ける進化し続ける声優
梶裕貴さんの歩みって、本当に「好きを諦めなかった人」の物語そのものですよね。
たくさんの夢を持っていた少年時代から、「努力は全部自分に返ってくる」という言葉に出会って声優を目指すことを決意。
苦しい下積みや何度ものオーディション落選を経験しても、コツコツ積み上げた結果が、エレン・イェーガーという代表作や連続受賞につながっていきます。
独立という新たなスタートを切った今も、話題作への出演が続いている姿を見ると、なんか勇気をもらえませんか。
これからの梶さんの挑戦も、きっと私たちを驚かせてくれそうですね。


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