家入レオの歌声って、なんであんなに心に響くんでしょうね?
実は彼女、16歳で親の反対を押し切って福岡から単身上京したという、かなり壮絶な過去があるんです。
この記事では、家入レオの本名や出身地から始まって、異例すぎる学歴、そして17歳でのメジャーデビューまでの道のりを詳しく紹介します。
読み終わる頃には、彼女の歌声に込められた想いの深さがきっとわかるはずです。
家入レオの本名・生年月日・出身地を一挙紹介
- 本名:家入わかな(いえいり わかな)
- 芸名の由来:映画『レオン』+「目がライオンに似ている」と言われたことから
- 生年月日:1994年12月13日
- 出身地:福岡県久留米市(のちに福岡市で育つ)
- 血液型:A型
- 所属レコード会社:ビクターエンタテインメント
- レーベル:Colourful Records
「家入レオ」という名前、一度聞いたら忘れられませんよね。
実は「レオ」は芸名で、本名は家入わかなといいます。
芸名「レオ」の由来は映画『レオン』から来ていて、事務所の社長に「目がライオンに似ている」と言われたことも重なり、この名前が生まれたそうです。
なんかカッコいいエピソードだと思いませんか?
生年月日は1994年12月13日。
出身地は福岡県久留米市で、のちに福岡市に移り住んで育ちます。
血液型はA型、所属レコード会社はビクターエンタテインメントで、レーベルはColourful Recordsです。
久留米市といえば、ラーメンの発祥地としても知られる、福岡県内でも有数の都市。そんな街で生まれた彼女が、のちに日本中にその歌声を届けることになるわけです。
幼少期から習い始めたピアノと合唱部での経験
音楽との付き合いは、驚くほど幼い頃から始まっています。
なんと5歳のときに初めて詞を書いたというエピソードが残っているほど。
幼少期にはピアノを習い始め、小学校に上がると合唱部に所属。歌うこと、音と向き合うことが、ごく自然な日常の一部だったんです。
ただ、彼女の幼少期は楽しいことばかりではなくて、家庭の事情で両親と離れ、親戚の家を転々としていた時期もあったといいます。
その経験が、のちの歌詞の深さや、感情のリアルさにつながっているんでしょうね。
「小さいころから、他の人が気にしないところまで感じてしまう子どもだった」と、本人も振り返っています。
福岡女学院から日出高校へ転校した異例の学歴

家入レオの学歴、実はかなり特殊なルートをたどっています。
音楽に本気になったのは13歳のとき。お母さんが持っていたCDで尾崎豊の「15の夜」を聴いて、「歌手になる」と決意したのがきっかけでした。
そこから福岡での音楽活動が本格的にスタートし、高校生になってから大きな転機を迎えます。
福岡で通っていたのは福岡女学院中学校・高等学校。偏差値62の名門女子校です。
しかしその後、音楽の夢を追いかけて東京へ出ることを決め、高校は日出高等学校(現・目黒日本大学高等学校)へ転校。
福岡の名門女子校から、東京の芸能コースへ。なかなか異例の経歴ですよね。
日出高校の芸能コースで鈴木愛理と同期だった
日出高校といえば、芸能界に進む生徒が多いことで有名な学校です。
家入レオが通っていた当時のクラスメートがまた、すごいメンバーでした。
歌手の鈴木愛理、人気声優の大橋彩香、ももいろクローバーZの百田夏菜子、女優の松岡茉優。
これだけの顔ぶれが同じ学年にいたというのが、ちょっと信じられないですよね。
また、福岡女学院時代には声優・歌手の麻倉ももとクラスメートで、親友だったというエピソードも有名です。
上京前夜に「ももちゃんもがんばってね」と声をかけたことが、麻倉ももがオーディションへの挑戦を決意するきっかけになったとも語られています。
音楽塾ヴォイスで磨いた歌声と16歳での単身上京

13歳で「歌手になる」と決めた家入レオが最初に向かったのが、音楽プロデューサー・西尾芳彦が主宰する「音楽塾ヴォイス」(福岡)です。
入塾はオーディション制で、テープ審査がある本格的な音楽スクール。
西尾プロデューサーは、家入の声を初めて聴いたとき「これは!」と一瞬でピンときたと語っています。
そこから13歳の彼女は、歌唱力と作曲の腕をじっくりと磨いていきます。
そして16歳になった2011年春、親の反対を押し切って、半ば勘当状態で単身上京を決断します。
デモテープが認められたことで実現した上京の経緯
では、なぜ16歳で上京が実現できたのでしょうか。
音楽塾ヴォイスで作り上げた楽曲のデモテープが、レコード会社の目に留まったことが大きなきっかけでした。
15歳のときに完成させた曲「サブリナ」がすでにこの時期に生まれており、そのクオリティが認められたのです。
ただ、父親からは猛反対を受け、上京を決めた時点では親子関係がかなりギクシャクした状態だったといいます。
それでも夢を諦めなかった。
その強さが、のちのデビューへとつながっていったんですね。
2012年2月に17歳でリリースしたデビュー曲サブリナ

上京後、都内の日出高校に通いながら楽曲制作とライブ活動を続けた家入レオ。
そして2012年2月15日、ついにシングル「サブリナ」でメジャーデビューを果たします。
このとき、まだ17歳の現役高校生でした。
「サブリナ」はフジテレビ系アニメ「トリコ」のエンディング主題歌に起用され、一気に注目を集めます。
インディーズ活動歴なし、デビュー曲でいきなりオリコン週間チャート9位という衝撃的なスタートでした。
デビュー3作連続オリコンTOP10入りの鮮烈な出発
「サブリナ」に続く2ndシングル「Shine」も大ヒット。
2012年上半期のUSEN J-POPランキングで堂々の1位を獲得します。
さらに3rdシングル「Bless You」まで、3作連続でオリコンTOP10入りを達成。
インディーズ経験ゼロからここまでの記録を叩き出せるアーティストは、そうそういません。
同年10月には1stアルバム『LEO』をリリースし、オリコン週間チャートで2週連続2位。累計15万枚以上のセールスを記録しました。
メジャーデビュー後に積み重ねた受賞歴と代表作品
デビューイヤーから多くの賞を獲得し続けた家入レオ。
その後もコンスタントにアルバムをリリースし、2017年にはデビュー当初からの目標だった日本武道館での単独公演を実現させます。
2023年には7thアルバム『Naked』をリリース。
2024年には中学・高校時代の同級生・麻倉ももとのコラボシングル「希望の名前」を発表するなど、活動の幅はさらに広がっています。
第54回日本レコード大賞から積み上げた音楽の歩み
デビューイヤーの2012年12月30日、第54回日本レコード大賞・最優秀新人賞を「Shine」で受賞します。
インディーズ活動なしで、デビューからわずか10か月余りでの受賞。
これがいかに異例の快挙かは、知ってもらえるとわかると思います。
その後も「君がくれた夏」が第86回ザテレビジョンドラマアカデミー賞ドラマソング賞を受賞するなど、歌手としての評価は着実に積み上がっていきました。
2022年のデビュー10周年ベストアルバム『10th Anniversary Best』のリリース、2024年の日比谷野外大音楽堂ライブと、福岡から上京した16歳の少女は今も現役で、日本の音楽シーンに欠かせない存在であり続けています。
まとめ
- 本名は「家入わかな」で福岡県久留米市出身、芸名の由来は映画『レオン』
- 13歳で歌手を決意し、16歳で親の反対を押し切って単身上京した行動力
- 17歳でデビュー後、3作連続TOP10入りという異例の快挙を達成
ここまで読んでくれて、本当にありがとうございます。
家入レオの人生って、まるで映画みたいですよね。
福岡の名門女子校から東京の芸能コースへ転校して、同級生が松岡茉優や鈴木愛理という豪華メンバー。
知ってました?デビュー曲の「サブリナ」は、実は15歳のときに作った曲なんです。
16歳で勘当状態になりながらも夢を諦めず、17歳でメジャーデビューしていきなりオリコン9位。
その後も武道館公演を実現させて、2024年には親友の麻倉ももとコラボするまでに。
彼女の透明感のある歌声の奥には、こんなにも濃い経験と強い意志が込められていたんですね。
これを知ってから聴く家入レオの楽曲、なんか今までとは違って響いてきませんか?


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