菊地亜美さんって、ちょっと面白くて、ちょっとドジで、でも妙に憎めない。
テレビで見かけるその姿の裏側に、どんな学生時代があったのか気になりませんか?
実は彼女、小さい頃から「テレビに出たい!」という強い想いを抱き続けていたんです。
小学校での活動、中学時代の部活と初恋、そして高校での転校と挑戦…。
そのすべてが、今の“菊地亜美らしさ”につながっています。
この記事では、そんな彼女の学歴と経歴を時系列で丁寧にたどりながら、意外なエピソードや人間味あふれる青春の一面までご紹介。
読んだあと、きっと彼女のことをもっと好きになるはずです。
菊地亜美のプロフィール
- 名前:菊地 亜美(きくち あみ)
- 生年月日:1990年9月5日(35歳 2025年12月現在)
- 出身地:北海道北見市
- 血液型:B型
- 身長:164cm
幼少期から芸能界志望だった少女時代

テレビの向こう側の世界に、幼い頃からずっと憧れていた。
そんな子ども時代を過ごしたのが、菊地亜美さんです。
北海道・北見市という自然に囲まれた街で育った彼女ですが、頭の中にはいつも「テレビに出たい」という夢があったんです。
実は、将来の夢を早くから“芸能界”に絞っていた彼女。
それも、「女優になりたい」とか「アイドルになりたい」といった具体的な目標よりも、「とにかくテレビに出たい!」という直球の想いが強かったんだとか。
「歌手とか女優とか、そういうのよくわかんなかったけど、とにかくテレビの人になりたいって思ってた」
そう語るインタビューも残っていて、なんだかちょっと微笑ましいですよね。
小学校高学年の頃から、地元・北海道にいながらもオーディションに応募するようになります。
けれど、当時の北見市では芸能界を目指すような子は珍しくて、周りからは「夢を見過ぎちゃってる子」なんて思われることもあったそうです。
でも、本人はどこ吹く風。
自分の“好き”や“やりたいこと”に素直に向かっていく姿勢は、今の菊地さんそのものですよね。
ちなみに、小さい頃からバレーボールにも打ち込んでいたり、3歳からピアノを習っていたりと、芸能以外にもいろいろな経験を積んでいたようです。
今の“何でもこなせるマルチなタレント像”は、こうした子ども時代からの積み重ねがベースになってるのかもしれません。
北海道・美山小学校時代の意外な素顔と活動
菊地亜美さんが通っていたのは、北海道北見市にある「美山小学校」。
のどかな土地柄で、のびのびとした学校生活を送っていた様子が思い浮かびます。
でも実は、彼女の小学生時代って、ちょっとユニークなんです。
たとえば、バレーボールクラブに所属していて、ポジションはアタッカー。
小柄なイメージがあるかもしれませんが、実は身長164cmと意外と高め。
運動神経も良かったみたいで、しっかり体育会系だったんですね。
さらに面白いのが、「ゴミ拾い部」という部活動にも入っていたこと。
あまり聞きなれない名前ですが、学校周辺の清掃活動などを行うクラブだったようです。
バラエティ番組のイベントで本人が明かしていて、ファンの間でも話題になりました。
「テレビに出たい」と言いつつも、地元での活動や学校生活にはしっかり向き合っていた様子が伝わってきます。
小学生の時点で、オーディションを受けるような行動力がある子って、なかなかいないですよね。
でも、菊地さんはそんな子でした。
きっと、周囲に何と言われようと、自分の“やりたいこと”に真っ直ぐだったんだろうなと感じさせられるエピソードです。
中学時代の部活と友情、そして初恋の記憶

芸能界を目指していた少女にも、普通の中学生らしい思い出がたくさんありました。
菊地亜美さんの中学時代は、北国・北海道の北見市で過ごした、ちょっとまぶしい青春の日々。
スポーツに汗を流し、友達と笑い合い、そして初めての恋もあった。
そんな彼女の中学時代をのぞいてみましょう。
中学校は地元の「北見市立東陵中学校」。
ここでも彼女はバレーボール部に所属して、アタッカーとして活躍していました。
小学校時代から続けていたバレーを真剣に続けていたなんて、意外とストイックだったのかも。
ちなみに、部活だけじゃなく塾にも通っていたそうですよ。
勉強も手を抜かずに頑張っていたあたり、やっぱり努力家なんですよね。
中学時代には“反抗期”もあったと明かしています。
年頃ならではのモヤモヤ、親への反発、ありますよね。
彼女もそんな一人だったと聞くと、なんだか親近感がわいてきませんか?
そして忘れられないのが、初恋のエピソード。
なんと中学3年生のとき、同級生の男子とお付き合いしていたそうです。
その彼とは、高校に進学してからもしばらく付き合いが続いたんですが…この続きはまた後で。
恋も部活も勉強も、全部一生懸命だったんだなぁと感じさせてくれる、そんな青春真っ只中の3年間でした。
東陵中学校での学生生活と青春エピソード
東陵中学校時代の彼女には、今でも続く“本物の友情”があります。
当時仲が良かった3人の同級生とは、なんと芸能界に入ってからもずっと連絡を取り合っていたんだとか。
25歳のとき、北海道で仕事があったタイミングでその3人と再会。
なんとその様子を、ブログやプリクラで公開しているんです。
東京と北海道という距離を超えて続いている友情って、ちょっと感動しませんか?
芸能界に入ったあとも、地元の友達を大切にしてる感じ、なんだか菊地さんらしいですよね。
ちなみにその頃のプリクラには、ティーンならではのキメ顔やポーズが満載。
あの頃の空気感がそのまま閉じ込められていて、懐かしさと笑いがこみあげてくるような1枚でした。
クラスメイトとワイワイ過ごした時間や、バレー部の練習帰りに友達と語った夕暮れ。
芸能人の中学時代ってちょっと特別そうに思えるけど、彼女の話を聞いていると、どこか自分の青春と重なる部分もあって不思議と親しみがわいてきます。
東陵中学校での3年間は、きっと彼女にとって“人としての芯”を育ててくれた時間だったんじゃないかな、そんなふうに感じさせられます。
北見柏陽高校から日出高校へ:夢を追いかけた転機
北海道の北見市で過ごした中学時代を経て、菊地亜美さんはまず地元の「北見柏陽高校」に進学します。
実はこの高校、偏差値は54と決して低くなく、地元でも中堅レベルの進学校なんです。
彼女はこの高校に入るために、中学時代にかなり頑張って勉強していたそうですよ。
ただ、入学した後は…「燃え尽きた」状態だったとか。
「高校に入ることがゴールだった」と本人も語っていて、当時は「勉強?もういいや!」という気持ちだったみたいです。
クイズ番組に出たときには「もっと高校で勉強しておけばよかった〜」なんて後悔もしていたようです。
なんか、わかる気がしませんか?
でも、この時期の彼女は、もうすでに「芸能界」の道を本気で目指していました。
高校生活を送りながら、札幌の芸能事務所のオーディションに何度も挑戦。
落選が続いても諦めず、最終的に「レプロガールズオーディション」で特例合格をもらい、チャンスをつかむんです。
そのタイミングで、東京にある「日出高校(現在の目黒日本大学高校)」へ転校。
芸能コースがあるこの高校は、芸能人の卵たちが多く集まることで有名です。
偏差値は42と北見柏陽高校よりも少し低めですが、芸能活動との両立にはぴったりの環境でした。
「北海道から上京して、全く違う世界に飛び込んだ」
まさに“転機”という言葉がぴったりなタイミングだったんですね。
転校の理由と東京での挑戦
高校2年生になる直前。
それまで通っていた北見柏陽高校を離れ、菊地亜美さんは東京の高校に転校します。
夢だった芸能界で本格的に活動するための決断でした。
東京で通うことになったのは、日出高校の芸能コース。
ここは北乃きいさんや新垣結衣さんなど、たくさんの芸能人が通っていたことでも有名です。
実はこの時、彼女には地元に大切な人がいました。
中学3年から付き合っていた彼氏との遠距離恋愛を覚悟しての上京だったんです。
空港では彼がサプライズで見送りに来てくれて、ふたりは号泣しながら「離れても絶対別れない!」と誓い合ったそう。
このエピソード、テレビ番組でも本人が話していました。
転校後の新生活では、北乃きいさんと仲良くなり、親友のような関係になったそうです。
地方から出てきた彼女にとって、心強い存在だったのかもしれませんね。
環境も人間関係も一気に変わった東京生活。
それでも彼女は、ここから一気にチャンスをつかんでいくことになります。
地元・北見の高校から、全国区の芸能人へ――。
この転校は、まさにその第一歩だったわけです。
アイドリング!!!加入と芸能界での第一歩

東京の高校に転校してから間もなく、菊地亜美さんに大きな転機が訪れます。
それが、アイドルグループ「アイドリング!!!」への加入です。
ここから、彼女の芸能人生が一気に動き出しました。
加入したのは2008年、彼女が高校3年生のとき。
当時18歳で、オーディションに合格して16号としてグループに仲間入りしました。
「アイドリング!!!」って、フジテレビのCSチャンネルを中心に活動していたアイドルグループで、バラエティ色が強く、アイドルというより“喋れる女の子集団”みたいな感じだったんです。
菊地さんの、あの歯に衣着せぬトークや飾らないキャラがハマらないわけがありませんよね。
とはいえ、最初から目立っていたわけではなく、加入当初は影が薄かった時期も。
でも、そこから徐々に頭角を現していきます。
持ち前のバラエティ力と、ちょっとイジられキャラっぽい立ち位置で、グループ内でも存在感を放つようになります。
グループ活動ではライブやイベント、テレビ出演などにも忙しくなっていきましたが、それ以上に「トークが面白い子がいる」と業界で注目されるようになったのもこの時期。
この“芸能界での第一歩”は、まさに地道な努力の積み重ねだったんです。
高校在学中に掴んだデビューのチャンス
「アイドリング!!!」のオーディション、実は彼女にとって“最後のつもりで受けたチャレンジ”だったそうです。
それまでにも、何度もオーディションを受けては落ちる…という日々が続いていたんですよね。
でも、最後に受けた「レプロガールズオーディション」では不合格だったにもかかわらず、なんと“特例での合格”が出され、事務所に入ることができたんです。
こういうのって、本気であきらめずに頑張った人にだけ訪れる“奇跡”みたいなものかもしれません。
そしてその直後、「アイドリング!!!」の追加メンバー募集に応募し、ついにデビューが決まります。
高校の授業に出ながら、芸能活動もこなすという忙しい毎日。
学校と仕事の両立は簡単じゃなかったはずですが、本人はそれを乗り越えてみせました。
この高校時代のデビュー体験が、その後のバラエティタレントとしての活躍につながっていくわけですが、まさに“ここがスタート地点”。
夢を叶える瞬間って、やっぱりドラマみたいに訪れるものなんですね。
高校卒業後の進路と“バラエティ女王”への道
アイドルとしての活動をスタートさせた高校時代。
でも、菊地亜美さんが本当に注目を集めるようになったのは、アイドリング!!!を卒業してからでした。
高校を卒業したあとの進路は、あえて“大学進学を選ばず”芸能活動一本。
そこには、彼女なりの強い覚悟と決断があったようです。
「大学に行こうと思わなかった」と本人も語っていて、当時はすでに仕事と学業を両立するイメージが持てなかったそう。
確かに、アイドルグループの活動に加えて、テレビ番組やイベント出演など、毎日がめまぐるしく過ぎていく中で、進
学の余裕なんてなかったのかもしれません。
でも後になって、「サークル活動とか、ちゃんと勉強もしてみたかったな〜」なんて思うこともあったみたいです。
そのあたりの“ちょっとした後悔”を隠さず話してくれるのも、彼女の飾らない魅力ですよね。
高校卒業後は、しばらくは「アイドリング!!!」の一員として活動し続け、2014年、24歳のときにグループを卒業。
ここから、いわゆる“バラエティタレント”としての本格的な道が始まります。
卒業前からすでに「しくじり先生」など、人気バラエティ番組への出演が増えていた彼女。
歯に衣着せぬ発言や、ちょっと天然っぽいけど実は頭の回転が速いトークで、あっという間に引っ張りだこに。
“おバカキャラ”なんて呼ばれていたけど、実際はかなり計算された発言やリアクションも多く、スタッフや共演者からの信頼も厚かったとか。
さらには、女優としてドラマにも出演。
『ホタルノヒカリ』や『レンタル救世主』など、しっかりと演技の仕事にも挑戦していたんです。
2018年には一般男性との結婚を発表し、私生活でも大きな話題に。
さらに2020年にはYouTubeチャンネルも開設し、自分の言葉で発信するスタイルも確立しました。
バラエティ、MC、女優業、YouTube…
あらゆるジャンルで存在感を放つ今の菊地亜美さんを見ると、高校卒業後に大学進学を選ばなかった道が、結果として彼女にとっての“正解”だったように感じます。
デビュー当初は“いじられキャラ”だった彼女が、今では“いじる側”としても活躍中。
自分の個性を武器にしながら、しっかり地位を築いてきたその歩みは、まさに“バラエティ女王”と呼ぶにふさわしいものです。
まとめ
- 小学生の頃から芸能界を目指し、地元・北見でオーディションに挑戦
- 中学・高校と一貫して努力を重ね、ついに「アイドリング!!!」でデビュー
- 高校卒業後は進学せず、タレント・女優・YouTuberとして多方面で活躍中
菊地亜美さんのこれまでの道のりを振り返ると、「有名になる人って、やっぱり最初から何か持ってるな」と感じずにはいられません。
でもそれは、決して才能だけじゃない。
小さい頃から自分の“やりたい”に素直で、周りの声に負けずに行動してきた姿勢こそが、今の彼女を作っているんだと思います。
努力して、笑われて、それでも進んで。
そんな人間らしいエピソードのひとつひとつが、今の“菊地亜美”という存在をしっかり支えているんですね。


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