山崎育三郎さんって、最初からあの華やかなステージに立つような人物だったのでしょうか。
実は幼い頃、人見知りで引っ込み思案な少年だったんです。
そんな彼を変えたのが、お母さんのたった一言でした。
この記事では、港区の小学校から音楽に特化した高校、そして音楽大学まで、彼の学歴を時系列で追いかけます。
12歳で3000人から選ばれたデビューや『レ・ミゼラブル』出演まで、今の表現力につながる経歴もまとめました。
読み終わる頃には、あの歌声の裏にある選択と積み重ねが見えてくるはずです。
山崎育三郎のプロフィール
- 本名:山崎育三郎(やまざき いくさぶろう)
- 生年月日:1986年1月18日
- 年齢:40歳(2026年6月現在)
- 出身地:東京都
- 血液型:A型
- 身長:177cm
- 趣味:野球
- 所属事務所:研音
まずは、山崎育三郎さんの基本的なプロフィールからざっくり見ていきましょう。
ドラマやミュージカルでよく見かけるけど、実はいつ生まれでどんな家庭で育ったのかまでは、意外と知られていなかったりしますよね。
家族構成や趣味の話を知ると、「あ、この人ってこういう人なんだ」と一気に距離が縮まるもの。
ここでは、難しい話は抜きにして、ちょっと友だちに紹介するような感覚でまとめていきます。
1986年1月18日、東京都で生まれました。
実は4人兄弟の三男で、会社員の父と歌が大好きな母の間に生まれ育ちました。
血液型はA型。
身長は177cmで、研音という事務所に所属しています。
野球が趣味というところも、後に俳優として大活躍する人柄に繋がってるんですよね。
あの華やかなステージに立つ人が、実は野球好きっていうギャップ。
なんか親近感湧きませんか?
幼少期〜中学生時代:母の勧めで歌のレッスンを始める

小さいころの性格や体験って、その後の人生にびっくりするくらい影響しますよね。
山崎さんも、実は最初からステージ向きの明るいタイプだったわけではありません。
むしろ引っ込み思案だった少年が、どうやってあの堂々とした表現者になっていったのか。
ここでは、お母さんの一言から始まった「歌との出会い」と、ミュージカルにハマっていく過程をたどっていきます。
幼い頃から引っ込み思案だった山崎さん。
そんな息子のことをいつも心配していたお母さんが、「自信がつくといいな」と思って歌のレッスンを勧めたんです。
これが、後の大スター誕生のきっかけになったわけです。
幼稚園で『アニー』に感動しミュージカルに目覚める
幼稚園の時に、ミュージカル『アニー』を観たことがすべての始まりでした。
あの感動が忘れられなくて、お母さんにCDを買ってもらって、何度も何度も聴いたそうです。
耳コピして歌うくらい夢中になっちゃったんですよね。
「アニー」って、孤児の女の子が幸せを掴む物語ですけど、
あの頃の山崎さんにとって、ミュージカルの世界がキラキラ輝いて見えたんだろうなって思います。
この頃の原体験が、今の彼の表現力の根源になってるんじゃないでしょうか。
引っ込み思案な性格を克服するための歌の修行
実は山崎さん、小さい頃から人見知りだったんです。
お母さんはその性格をなんとかしたくて、歌のレッスンを始めさせたわけですが、これがまさに適材適所。
ステージに立つことで、少しずつ自信がついていったみたいですね。
歌って、本当に人を変える力があるんですよね。
内気な子供が、マイクを持った途端に輝き出す。
そんなドラマチックな変化が、山崎さんにもあったんでしょう。
山崎育三郎の学歴

ミュージカルの世界で戦っていくには、やっぱり基礎となる音楽の勉強が欠かせません。
山崎さんも、小学校を出て普通に中学・高校へ進むように見えて、実はかなり早い段階で「音楽で生きる」ことを意識し始めています。
どんな学校を選び、どこで歌や演技を学んできたのか。
インタビューなどで語られている情報と、ネット上でささやかれている噂も整理しながら見ていきましょう。
音楽の道を本格的に目指して、声楽科への進学を選択しました。
東京都港区の高輪台小学校を卒業後、音楽に特化した学校へ進んだんです。
プロを目指す覚悟が、この頃からあったってことですよね。
港区立高輪台小学校卒業から高校進学まで
港区立高輪台小学校を卒業した後、中学校へと進学しました。
港区立高輪台小学校
出身中学校については、本人がインタビュー等で「港区のブレザーの学校」と明かしていることなどから、ネット上では港区立高松中学校と言われているようです。
港区立高松中学校
その後、音楽の道を本格的に目指して東邦音楽大学附属東邦高等学校の声楽科に進学しました。
東邦音楽大学附属東邦高等学校
ここで本格的に声楽の技術を磨いたんですね。
高校時代は、歌だけでなく演技の基礎も学んでいたと思うんですけど、
この頃の積み重ねが、今の圧倒的な歌唱力と表現力に繋がってるんでしょうね。
毎日、発声練習から始まる過酷な日々。
夢に向かってひた走る高校生。
なんか、青春って感じじゃないですか?
東京音楽大学声楽演奏家コース入学と中退
高校卒業後は、東京音楽大学の声楽演奏家コースに進学しました。
東京音楽大学
しかし、ここで人生の大きな決断をします。
大学を中退して、ミュージカル俳優の道へと進んだんです。
「中退」って聞くと、なんかネガティブに聞こえるかもしれませんけど、
実はこれ、覚悟の決まった決断だったんです。
大学で学ぶよりも、実際の舞台で学ぶことを選んだ。
この時の決断が、あの伝説的な『レ・ミゼラブル』デビューに繋がったわけですから。
12歳でミュージカルデビューからレ・ミゼラブルへ

プロのミュージカル俳優として名前が知られるようになるまでには、長い準備期間があります。
山崎さんも、いきなり『レ・ミゼラブル』に出られたわけではなく、小学生の頃からコツコツと舞台経験を積んでいました。
ここでは、12歳で主役に抜擢された衝撃のデビューと、その後10年間の歩みをざっくり追いかけてみます。
振り返ると「ここからすでにスター感あったな…」と感じるはずです。
12歳の時に、まさに運命的なオーディションに参加します。
そこから約10年の下積み期間を経て、2007年に大ブレイクを果たすんです。
この10年間が、山崎育三郎という人を作った大切な期間でした。
小椋佳企画『フラワー』で3000人の中から主役に抜擢
1998年、山崎さんは12歳でした。
歌の先生から勧められて、小椋佳さんが企画するアルゴミュージカル『フラワー』のオーディションを受けたんです。
なんと、3000人の応募者の中から主役に選ばれたんですよ。
これって、普通に考えたら信じられないことじゃないですか?
12歳の少年が、オーディションに受かって主役を演じる。
初日のカーテンコールで、客席からの拍手を浴びた時の感動。
それまで野球選手になりたいと思っていた山崎さんですが、この瞬間に「この世界で生きていきたい」と心の底から思ったそうです。
人生って、一瞬の出会いで変わるんですよね。
『レ・ミゼラブル』マリウス役で本格デビュー
そして2007年、21歳の時に運命の瞬間が訪れます。
ミュージカル『レ・ミゼラブル』のマリウス役に抜擢されたんです。
マリウスって、革命に身を投じる熱い青年役ですけど、
山崎さんの清純なイメージと、透明感のある声がぴったりだったんですよね。
この役で本格的にミュージカル俳優としての道を歩き始めて、
以降『モーツァルト!』『エリザベート』など、日本を代表するミュージカルスターに成長していきました。
ここからが、本当の物語の始まりだったんです。
ドラマ『下町ロケット』でのブレイクと活躍

舞台の世界で名前が知られてきた山崎さんに、次の転機が訪れたのが2015年頃。
それまでミュージカルファン中心だった人気が、テレビドラマをきっかけに一気に全国区へ広がりました。
「あ、この人歌も上手い俳優さんなんだ」と気づいた人も多いはず。
ここでは、地上波ドラマや声優業など、多方面への広がりをざっくり整理していきます。
2015年、ミュージカル俳優として確立した彼に新たな転機が訪れます。
TBS系ドラマ『下町ロケット』への出演で、一気に一般層への認知度が上がったんです。
俳優としての幅が、ぐっと広がった時期でした。
俳優としての認知度飛躍と多彩な出演作品
『下町ロケット』で注目を浴びた山崎さんは、その後も次々とドラマに出演していきます。
『お義父さんと呼ばせて』(2016年)、『あなたのことはそれほど』(2017年)、『あいの結婚相談所』(2017年)など。
2023年には『リエゾン -こどものこころ診療所-』や『ハイエナ』にも出演しましたね。
ドラマを観て「この人、ミュージカル俳優の人だ!」って気づく視聴者も多かったんじゃないでしょうか。
舞台だけじゃなくて、カメラの前でも魅力的って、本当に才能がありますよね。
『美女と野獣』日本語吹き替え版など声優活動も
実は、声優としての活動もしています。
『美女と野獣』の日本語吹き替え版では、ビースト役の声を担当しました。
声だけで感情を伝えるって、すごく難しいですよね。
でも、山崎さんの豊かな表現力と美声なら、納得です。
他にもアニメや外国映画の吹き替えに多数参加していて、
声の仕事でも幅広く活躍されているんです。
声だけで人を惹きつける魅力って、やっぱり天性のものなんでしょうね。
40歳を迎えた最新の活動とLIVE TOUR
30代でドラマやバラエティにもどんどん進出しつつ、ミュージカルの第一線にも立ち続けてきた山崎さん。
2025年〜2026年にかけては、ついに40歳という大きな節目を迎えます。
年齢を重ねるほど表現に深みが出てくるタイプだけに、このタイミングでどんな作品やライブを届けてくれるのか気になりますよね。
ここでは最新の舞台出演と、注目のアルバム・ツアー情報をまとめます。
2026年、山崎さんは40歳を迎えました。
節目の年を迎え、ますます精力的に活動を続けています。
最新のアルバムリリースや全国ツアーなど、今も進化し続けているんです。
アルバム『The Handsome』発売とエリザベート公演
2025年から2026年にかけては、大ヒットミュージカル『エリザベート』に出演しています。
過去(2015年や2016年等)に演じたルイジ・ルキーニ役ではなく、今回は黄泉の帝王である「トート」役(トリプルキャスト)での出演となりました。
そして2026年7月には、40歳の節目として自身の人生と音楽を詰め込んだニューアルバム『19BOX 〜STARMAN〜』をリリースします。
なお、6年ぶりのオリジナルアルバムであった『The Handsome』は、2024年4月にすでにリリースされており、年齢を重ねてますます磨きがかかっていく姿を証明し続けています。
『19BOX 〜STARMAN〜』全国15都市ツアー開催決定
そして2026年8月から、『19BOX 〜STARMAN〜』という全国ツアーが決定しています。
全国15箇所17公演という大規模なライブツアーです。
40歳になった山崎さんが、新たなステージへと観客を導くというコンセプト。
このツアーでしか味わえない体験と感動が待っているんですね。
ファンの人はもちろん、初めての人もきっと虜になるはず。
進化し続ける山崎育三郎の、これからも楽しみですよね。
まとめ
- 引っ込み思案な少年が、お母さんの勧めで歌の世界に出会い大スターへ成長
- 12歳でのデビューから大学中退まで、迷いながらも好きな道を選び続けた軌跡
- 40歳の節目でも進化が止まらず、新アルバムと全国ツアーで新境地を開拓中
振り返ってみると、山崎育三郎さんって「エリート街道まっしぐら」な人じゃなくて、実は迷いながらも自分の好きなものを選び続けてきた人なんですよね。
引っ込み思案だった幼少期から、『アニー』に感動してミュージカルにハマり、東京音楽大学を中退してまで舞台の世界に飛び込んだ決断。
そんな一つひとつの選択が、今の『エリザベート』のトート役や『19BOX 〜STARMAN〜』全国ツアーにつながってるんです。
40歳を迎えてもまだまだ進化中の山崎さん。
これからどんなステージを見せてくれるのか、本当に楽しみですよね。


コメント